荒木飛呂彦になれなかった、もう1人の天才漫画家 ― 巻来功士が語る「少年ジャンプ舞台裏と表現規制と…」

荒木飛呂彦になれなかった、もう1人の天才漫画家 ― 巻来功士が語る「少年ジャンプ舞台裏と表現規制と…」の画像4巻来氏

――『ジャンプ』連載時の巻来さんは、もう既に、大人だったということですか?

巻来「そうです、だから編集さんとの会話も、大人同士の会話になってしまうんです。でも、当時の『ジャンプ』では編集者に“こういうマンガ描きたいんですけど、どうしたらいいですか?”“カッコイイ男が出てきて、こういうシーンを描きたいんです!”って訊くような、まだ手垢の付いていない原石が求められていた。そうすると編集者も“そういうのはね……”ってなるでしょ?」

 巻来氏は既に手のかからない大人びた少年だっただけに、指導も必要なかったのだろう。

巻来「ところが僕は70年代文化をしっかりと取り入れてきた人間なんでね。なにしろテレビつければいつもベトナム戦争のことやってましたから、人間の正義なんて最初から信じてない(笑)。そういうひねくれた人間なんで、堀江さんは少し不満だったと思いますよ。ちなみに堀江さんは凄い編集者で、絵を描く才能の凄い人を見つけてくる天才でしたね。たとえば原哲男さん、北条(司)さんとかね。2人とも超人的な絵の上手さで、それは堀江さんの言うところの完全な横軸。“こういうのを描きたい!”って気持ちの部分ですよね。あとはそれにストーリーをのっけていけばいいんで、そうなると編集の出番じゃないですか。編集者は本もいっぱい読んでるし、会社員なので世間もずっと よく知っている。ドラマツルギーも知ってるし、そういう人のいうことを聞いて描いたら、そりゃあヒットしますよ」

――なんか、凄く簡単に聞こえちゃいますね……。

巻来「いえ、凄い編集さんだからこそできることなんです。原作の才能もある編集さんなんて、そうはいないですよ。しかし、僕のネームを前にしたら考え込んでしまう」

――あまり知らないことが描いてあったりしたんでしょうね。

巻来「いや、少年誌的な熱気がない、人間なんてそんなもんじゃない的、達観したネームでしたから考え込まざるを得ない(笑)」

――いろんな理由があったと思いますけど、ひとつには巻来さんが編集者にとって“仕事をした!”っていう充実感が得られない作家さんだったのかもしれないですね。

巻来「ああ、それは絶対そうでしょうね」

――だから若い編集者に交代して、“巻来さんの話聞いといて”みたいな。

巻来「そうそう。そうなんですよ。でも次の担当の松井さんっていう人とは合ったんですよ。彼は学生運動やっていて、成田闘争やってて、“殺されそうになった”なんて話が大好きだったので。僕は佐世保出身でエンプラ(佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争)とかベトナム戦争ばっかり見てたから話も通じた。漫画の話はあまりしなかったけれど(笑)。佐世保っていうのは米軍の街なんでね。アルバイトなんて米軍のバーのようなところばっかりでしたよ。中学校の時かな、まだ米軍基地が広かったので、米兵の家が、一等地にどーんと建ってるんですよ。そこで友達が金網のところでケンカしてましたけどね、米兵の子供と。また彼らはこっちのことゴミとしか思ってないんでね、こっちに石投げてくるんだけど、小石とかじゃないですよ。当たったら死ぬようなブロックみたいの投げてくるんだから(笑)」

 そのような巻来氏だけに、漫画家なら誰もが夢見る『ジャンプ』での連載に至っても、周囲との温度差がかなりあったようだ。


■当時のジャンプの編集者は“人買い”

――当時『ジャンプ』で描いてるってステータスは感じていましたか?

巻来いや、僕の場合は全くないです。『少年キング』の時よりも原稿料が下がったということもありましたしね。でも『ジャンプ』の純粋培養の新人さん達は、いわば『ジャンプ』の子どもなんで、“『ジャンプ』で描いてることはこんな凄いんだ!”っていう、そういう空気になってましたね。だけど僕は全然違ったんで、誰かがそんなこと言ったら“アンタ馬鹿じゃない?”って雰囲気を醸し出していたというか……まあ嫌でしょ、そんな人(笑)」

――いやいや(笑)。とにかく、そういう空気感だったってことはわかりました。

巻来「ジャンプで大ヒットしていたあの人もこの人も、新人の頃は、みんなジャンプの子どもだったんですよ。高校卒業してすぐに『ジャンプ』に引き抜かれて、いわゆる“青田買い”ですよね。なにしろ、当時ジャンプの編集者は《人買い》って言われてたんですから」

――人買い!

巻来「そうですよ、人買いに連れてこられたのが彼らなんですよ」

 しかし、巻来氏も大学時代にスカウトの編集者がやってきた漫画家のひとりである。しかし、その編集者は、『ジャンプ』ではなかった。

巻来「僕の場合は小学館。あの人たちは、 集英社に遅れて“あっ、こういうことしないと売れないんだな”って後追いでやったから、手法もデタラメだったんですよ」

――そんな(笑)。

巻来「まずは『少年ジャンプ』が全国のマンガ好き少年を連れてきて、小学館の人たちはそのあと。『少年サンデー』の部数がなかなか伸びなかった頃ですね。“頑張らなきゃいけない!”って回ったんだけど、その頃にはもう20歳くらいの大学生しか残ってない。それで、僕のところにまで来て(笑)」

 九州産業大学の漫画研究会で同人活動をするなど、「既に青田ではなかった」という巻来氏だったが、1980年代当時、漫画マーケットの拡大を背景に、全国の漫画少年にスカウトの手が及んでいたことは事実だったのだろう。巻来氏はスカウト後さっそく上京を決意、小学館に行く前に寄った少年画報社でいきなり連載を勝ち取って、あっさり漫画家デビューを果たすのだった。ちなみに、同大学、同学年には後に『キャッツ・アイ』『シティーハンター』でヒットを飛ばす北条司氏がいた。そして同氏はもちろん、『ジャンプ』に一本釣りをされてスターダムにのし上がった漫画家だった。

巻来「僕は作家性っていうか、個性が強すぎたんです。“自分が描きたい”ってものが強過ぎる。染められにくいっていうのかな……ほら、花嫁がそうじゃないですか。“あなたの色に染められたい”っていう表現がありますよね。それが男にとっては理想じゃないですか? きっと僕は“もう染める場所がない嫁”だったんですよ」

――言い方相当悪いですが、“出戻り”という感じですか?

巻来「そうそう(笑)」

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