京都・ウトロ地区 ― 安住の地を求めた在日コリアンの軌跡

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 なお、同地区内にある公共施設のような雰囲気の建物には、『エルファ』という名前がつけられているようで、『2F 南山城同胞生活綜合センター』『1F デイサービスエルファ分室・ハナマタン南京都』という文字が確認できることから、ある種の出張所のような役割を果たしていると推測されるが、具体的にどのような形で運営されているのかなどは判然としない。

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 こうした、どこかゴーストタウンのような静けさが漂う同地区であるが、実はその歴史をひもとくと、何度か転機が訪れたことがあった。戦後、企業の合併などにより、この地区の土地所有権を手に入れた日産車体工機は1987年、この地区の自治会長を自称する人物に3億円という破格値で売却したのである。これにより、同地区は、住民らにとって安住の地になるかに思われたのだ。しかしその後、あろうことかこの人物は別の企業相手にこの土地を転売。問題が明るみになる頃には当事者は姿を消し、以後、勝手に土地を転がされてしまった住民と、所有権を手に入れた企業側との間に、立ち退き問題が勃発してしまうこととなった。

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 しかもこの問題は後年まで続き、土地の権利が相次いで移転するという前代未聞の事態へと発展。今なお権利関係が複雑に絡み合う状態が続いている。こうした状況を示すかのように、現在もなお、この地区の南側に隣接している自衛隊大久保駐屯地との境目に立つフェンスには、ハングル文字で何かメッセージのようなものも書かれているが、無論、外部からの訪問者であるわれわれには、その文意すらわからない。ただそこにあるのは、鉛色の空の下に横たわる、しんと静まり返った独特の空気だけである。
(写真/文=Ian McEntire)

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