特攻計画の遂行に影響を与えた男の最後の言葉 『人間爆弾「桜花」』監督・澤田正道インタビュー

――分かる気がします。ゆるく生きていける時代に生まれたことは幸福でもあるわけですけれど。

澤田 そう。でも、不幸にも僕らはそういう感動的な経験は得られない。僕はそういうものも『桜花』のなかで映し出せればいいと思ったし、映画はやはり観る人に委ねるべきだと思うんです。自分が知識人、アンテレクシエルであるということを見せたいがための映画作りっていうのはよくありますから。それにね、林さんのような人を目の前にして、右翼の人がこの映画を観たとしても文句は言えないでしょう。だって、林さんが生きてやってきたことは、彼らよりはるかにすごいわけだから。


――左翼も何も言えないですよね。

澤田 言えないですよね。


――良心的な作り手なら、自分の意図なんて恐れ多くて不用意に挟みこめないと思います。

澤田 まさに僕がそうだった。恐れ多いっていうか、たった一言でも自分がナレーションを入れたら、その一言のために僕は1年かかると思っていた。


――1年というのは?

澤田 そもそも、ナレーションを入れていいのかっていう問題。それと、じゃあ何を入れるんだっていう問題を考えるのに費やす時間です。映画として考えると、音楽を載せることも言葉を載せることも、全部フィクションになってくるわけですよ。それをできるだけ避けたかったから、『桜花』では、撮影現場で録った音しか使っていないんです。歌も現場で歌ってる音だし、シューマンの曲だって現場でかけている曲ですから。


――『二人の擲弾兵』という曲の歌詞は、天皇制の元で戦っていた兵士とシンパシーのある内容ですね。

澤田 リルケが書いているのだけれど「我が皇帝、ナポレオンのために我々は戦うんだ、祖国のためにやるんだ」って。日本の天皇と変わらないって話になってしまうんですけれど。


――曲の選択は澤田さんが?

澤田 はい。でもあれは林さんの「自殺志願」っていう未完の手記の中に書いてあるんですよ。若干の記憶違いで本当は戦後に聴いたようなんですけれど、終戦の詔勅を聞いたすぐあとに聴いたっていう曲があったって言っていて、それがシューマンだったというのは僕も知っていたんです。


■初公開日当日に林さんは亡くなった

特攻計画の遂行に影響を与えた男の最後の言葉 『人間爆弾「桜花」』監督・澤田正道インタビューの画像7画像は、澤田正道監督


――資料に「この映画は林氏の遺言だ」と書かれています。「私の慰霊祭は365日、毎日である。死んだ仲間に話しかけるのは私の慰霊祭なのだ」とも書かれていて、戦後は部隊での記憶を語り継ぐことをご自身に課してきたとのことですが、林さんはフランスでの『桜花』公開の当日に亡くなっているんですよね。

澤田 初日に亡くなったんですよ。


――不思議な流れだと感じることはありますか? 例えば、この映画を初の監督作品として作ることになったことそのものが、何かに引き寄せられたのかもしれない、というような。

澤田 『桜花』では本当にいろんなことが偶然に重なりました。林さんを紹介してくれた天田くんに出会ったのは、たまたま僕と共通の知り合いだった人が亡くなったことがきっかけだったし。そういうことが偶然重なって、だから、何か作らなきゃいけないな、というのはありました。それと、映画をやっている人間は、1回は戦争の映画に関わりたいと思うものなんですよ。


――それはなぜでしょう?

澤田 わかりません。何ででしょうね? ただ、戦争自体が映画として非常に大きな題材であることは確かです。例えば、塚本晋也さんの『野火』とか、すごい映画じゃないですか。彼は以前から大岡昇平の作品で映画を作りたがっていたから。黒沢清さんも戦争映画を撮ってみたいって言っていました。やっぱり、ある種のロマンがあるんですよ。


――生と死が凝縮されるからでしょうか?

澤田 それと、枷があるからドラマツルギー的にはやりやすいんですよね。ただ、もう1つ、戦後七十年以上経ったじゃないですか。僕自身はそれほど戦争から遠くない、戦後10年目くらいに生まれたわけですけれども、一度戦争というものを自分のなかで消化してみたいというのはありました。消化するというか立ち会わなきゃいけないっていう。父親は戦争に関わってきたわけだから、父にとっての戦争っていうものに一度自分でも立ち会わなきゃいけない。逃げちゃいけないっていう。最初はこんなに生真面目な映画を作るなんて思ってもいなかった。でも、やっていくうちに変な話、どんどんハマってしまって。たかだか1時間15分の映画を撮るのにかなりの時間をかけたけれど、よかったと思っていますよ。


――結果的にロカルノ国際映画祭で新人監督賞スペシャル・メンションを授与されましたね。

澤田 なんか笑っちゃうんですよね。賞をくれた側の人間が「マサ、これはこういう賞で……」って説明してくれたんです。それで、「なんかおかしいよね。僕の年で新人賞っていうのも妙だよね」って言ったら「でも監督作品1本目だから新人賞だろう」って。笑ってもらった記憶があります。


――フランスでの評価、観客からの評判はどうでした?

澤田 ベルトラン・ボネロが気に入ってくれて、彼のレトロスペクティブがポンピドゥーセンターであったんですけれど、その時に「僕の関わった作品ということでどうしても上映したいんだけれどいい?」って言ってくれました。2回上映して満員で。上映後に質疑応答があって、不思議なくらい誰も席を立たなかったですね。根がプロデューサーということもあって、僕は自分の作品も客観的に観るんですけれど、正直言ってそんなに観やすい映画じゃない。最初の音楽が始まる前の沈黙の長さを受け入れてくれれば、後半の沈黙が長くても大丈夫だろうっていう計算はありましたけど。


――映画は観る人に委ねられるべきだ、とおっしゃっていましたが、『桜花』を観る人に伝えたいことはありますか?

澤田 反戦うんぬんっていうことではないし桜花を知ってくださいという話でもないし、自分のおじいちゃんの話を聞くつもりで観てみてくださいという感じです。おじいちゃんが昔話をする時って、孫たちに「お前ら座れ」みたいなことを言うじゃないですか。子供達は足が痛いから「おじいちゃんの話なんてもういいや」って思うわけですよ。でも、最初は足が痛いって思いながら聞いているうちに、どんどんと入り込んでいっちゃう。


――そして大人になった時、ふとしたきっかけでその時の話を思い出す、みたいなこと、ありますよね。最後の質問なのですが、澤田さんはこれまで不思議なことに出会ったことはありますか?

澤田 特別にはないですね。ただ、林さんのインタビューを撮っている時に、絶妙なタイミングで飛行機のエンジン音がかなりの爆音で入ってきた時には、林さんだけじゃなく、そこにいたみんながその方向を観ましたよね。それは覚えています。


――確かに、まるで後から音を乗せたような絶妙なタイミングでした。

澤田 あれ、プロダクションで後から音を入れたら結構かかると思います(笑)。今度はドキュメンタリーじゃなくて、全部作り物で映画を作ろうかな。
(文・渡邊浩行/YAVAI-NIPPON)

■作者プロフィール
澤田正道(さわだ まさみち)
映画プロデューサー、映画監督。1985年渡仏。1993年に映画製作会社 Comme des Cinemasをパリに設立。『橋の下のぬるい水』(監督:今村昌平)、『TOKYO!』(監督:ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ボン・ジュノ)、『岸辺の旅』(監督:黒沢清)、『あん』(監督:河瀬直美)、『淵に立つ』(監督:深田晃司) ほか、多数の映画のプロデュースを行う。


■作品info
『人間爆弾「桜花」-特攻を命じた兵士の遺言-』

監督:澤田正道
出演:林冨士夫
取材:澤田正道 ベルトラン・ボネロ
プロデューサー:澤田正道 アンヌ・ペルノー
ラインプロデューサー:天田暦(日本) ローラン・アルジャニ(フランス)
撮影:ジョゼ・デエー チーフ助監督:古堅奎 録音:高田林 編集:渡辺純子 大木宏斗 
音編集:アレクサンドル・エケール ミキシング:マチュー・ラングレ カラコレ:ニコラ・ペレ 
挿入歌:ロベルト・シューマン『二人の擲弾兵』
特別協力:筑波海軍航空隊記念館 岩波書店(小林照幸著『父は、特攻を命じた兵士だった。』)
原題:PAROLE DE KAMIKAZE
配給・宣伝:太秦
【2014年/フランス/76分/DCP/5.1ch】 
公式サイト:https://kamikazeouka.wordpress.com
2016年8月27日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
写真はすべて(C)Comme des Cinemas

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