地獄のアウシュヴィッツ強制収容所から脱出成功した5人! 自ら収容所に潜入、仲間は次々銃殺、なりすまし…驚愕のエピソードとは?

■ヴィトルト・ピレツキ

地獄のアウシュヴィッツ強制収容所から脱出成功した5人! 自ら収容所に潜入、仲間は次々銃殺、なりすまし…驚愕のエピソードとは?の画像3画像は、「Wikimedia Commons」より

 ポーランド軍の兵士ヴィトルト・ピレツキは、自ら志願しアウシュヴィッツ強制収容所へと潜伏し内部調査を行った人物として知られている。1940年に偽名を使い収容所へと潜入したピレツキは、秘密裏に情報を収集しながら収容所内の実態を綴った3つのレポートを作成。潜入から約3年が経過した1943年4月に、ピレツキは2人の囚人と共に脱出を成功させた。ピレツキはその後も反ナチス運動を続け、1944年にはワルシャワ蜂起に参戦。終戦後には母国ポーランドを支配した旧ソ連の提唱する共産主義に反旗を翻し闘いを挑むが、1948年には拷問・暗黒裁判の末に処刑されてしまった。

地獄のアウシュヴィッツ強制収容所から脱出成功した5人! 自ら収容所に潜入、仲間は次々銃殺、なりすまし…驚愕のエピソードとは?の画像4画像は、「Rotmistrz Pilecki」より

■ジョージ・ギンズバーグ

地獄のアウシュヴィッツ強制収容所から脱出成功した5人! 自ら収容所に潜入、仲間は次々銃殺、なりすまし…驚愕のエピソードとは?の画像5画像は、「vimeo」より

 ユダヤ人家族の下に生を受けたジョージ・ギンズバーグは、第二次世界大戦下のドイツ・ベルリンで抵抗運動に参加。1942年には反ナチス運動に加担した罪で拘留され、その後アウシュヴィッツ強制収容所へと移送された。そして終戦も目前となった1945年、収容所へロシア軍が迫っていると知ったナチス親衛隊はパニックに陥ってしまう。脱出の機会をうかがうギンズバーグがこの好機を逃すはずもなく、警備員が気をそらした隙に脱走を成功させる。脱出から2日後には、旧ソ連軍に救出されたギンズバーグ。終戦後にはベルリンへと帰還し、母親との再会を果たしたという。

地獄のアウシュヴィッツ強制収容所から脱出成功した5人! 自ら収容所に潜入、仲間は次々銃殺、なりすまし…驚愕のエピソードとは?の画像6画像は、「THE NEWDAILY」より

コメント

1:匿名 2018年10月20日 20:30 | 返信

5人しか出てないからあれだけど…
軍人多いな。

やっぱり経験や体力のある人間じゃないと、無理だったというか
軍人でも死ぬ人間の方が圧倒的だったんだよな。

コメントする

画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。