土地の呪縛と殺人事件の相関をめぐる旅で見えたものとは?『日本殺人巡礼』八木澤高明氏インタビュー

――さまざまな事件現場へ取材に行った経験から、どんな土地で犯罪が起きやすいと考えていますか?

八木澤氏:基本的には、人が多く集まる都市部ですね。人や金、モノが無数に集まるとどうしても旧来の価値観が崩れやすくなる。たとえば私が住んでいる足立区は、一時期治安があまり良くありませんでした(編注:2015年の「警視庁の統計」によれば、犯罪発生件数は新宿区が1位で、世田谷区が2位で、足立区は4位)。その理由を土地の歴史から探ると、足立区はもともと、江戸時代に開拓された農村地帯だった。小林一茶が「やせ蛙 まけるな一茶 是にあり」と詠んでいます。

 ですが高度経済成長期に入り、水田が広がるのどかな風景だったこの土地も住宅地へと一変。郊外でもあり、新しく建てられた住宅は都心部に比べ家賃が安く、地方からさまざまな人たちが移り住みました。そこに旧来と違った価値観が生まれ、犯罪の萌芽や犯罪を誘引するものが生まれてきたのでしょう。

 それは足立区や日本だけでなくて、海外でも同じです。たとえば、今回の『日本殺人巡礼』では、約130年前にイギリスで切り裂きジャックが起こした連続女性殺害事件の舞台となったロンドンのイーストエンドも訪れました。ここは、もともと野原だった土地に人が住み始めてスラム街になった地域で、当時、偽装食品の生産などが行われていました。今の中国と同じようなことが、当時のロンドンでは行われていたんですよ。

 結局、資本主義が行き着くところは、金がモラルの基準になりがちで、そうした土地ではいつの時代でも犯罪が起きるということです。それが、昔のロンドンであり、日本で言えば北関東であり、また中国であるだけです。

――北関東は、申し訳ないですが、都市というイメージが湧かないのですが……。

八木澤氏:現在ではそういうイメージはないかもしれませんが、群馬県は江戸中期にはヤクザの本場で、大きな賭場がありました。また同じ頃、もともと痩せたこの土地では、換金作物の栽培や養蚕が始まりました。それらによって得られた収入、つまり現金が、上州、現在の群馬県における価値観の大きなウェイトを占めるようになっていくんです。同時に、金に吸い寄せられた人々が各地から流入し、戦後、売春防止法が施行されるまでは赤線も存在しました。  

 そうした江戸時代に生まれた風土が、昭和の事件につながっているのではないか、と思います。

――本書にも登場しますが、埼玉県本庄市で起きた本庄保険金殺人事件(金融業を営んでいた八木茂死刑囚が、自身で経営する飲食店のホステスと常連客とを偽装結婚させた上、保険金殺人を行い、2000年に逮捕。08年に最高裁で死刑判決が下るも、16年に再審請求し棄却される。逮捕前、八木は自身の店で有料の記者会見を開き、ニュースやワイドショーで注目を集めた)も北関東のそうした風土が生んだと。

八木澤氏:本庄市は、江戸時代には中山道随一の宿場町で、人も金も集まり、風紀が乱れやすかった街でした。八木死刑囚は、両親からひどい扱いを受け、中学卒業後すぐに働き、金だけが頼りで生きてきたところがあり、歴史的に金やモノが集まった本庄市に吸い寄せられたのかもしれませんね。

――他にも土地に関連した事件はありますか?

八木澤氏:私自身が年齢を重ねたからこそ理解できたと思える事件でいえば、1998年の和歌山カレー事件ですね(編注:和歌山毒物カレー事件。98年に和歌山市園部の夏祭りで出されたカレー鍋にヒ素が混入。これを食べた4人が死亡、63人が急性ヒ素中毒になった。保険金詐欺と別件の殺人未遂の容疑で逮捕され、その後カレーに亜ヒ酸を入れ、殺害したとして再逮捕された林眞須美死刑囚は09年に死刑が確定。今年3月に再審請求をするも棄却され、即時抗告した)。

 林眞須美死刑囚が生まれ育った集落は熊野水軍の末裔が住む、江戸時代にできた漁村です。一方、事件当時に住んでいた園部は、元は農村の新興住宅地でした。江戸時代の漁村と農村では、同じ時代に生きていても見ているものがまったく違う別世界。歴史が育むこうした土地の違いを、私も若い頃はよく理解できていませんでした。

 当時、林眞須美死刑囚と保険金詐欺で逮捕された元夫の健治さんはインタビューで「眞須美は賭博を100~200万円単位でやっていた」と話してくれました。ここまでの大金を賭けるのは、羽振りの良い網元の娘だったからではないか、と思うんです。そんな豪快な性格の林眞須美死刑囚が、農村である園部へ行けば感覚が違いすぎて、まわりの住人と相いれないはずです。

 また、健治さんは保険金詐欺事件での取り調べ中に刑事から、林眞須美に殺されかけた、と証言すれば3つの保険金詐欺を1つにしてやる、と日本では認められていない司法取引を持ちかけられたと話してくれました。その口ぶりからは、カレー事件に眞須美死刑囚がかかわっているはずがない、と信じている様子がうかがえました。

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