北朝鮮は5年間でこんなにも変わった ― 親日的な政府関係者、熱々カップル、 高層ビル群… 報じられない真実を見た写真家・初沢亜利インタビュー!


■写真家は自身の立場を意識する必要がある

 2015年にTOCANAで紹介した『沖縄のことを教えてください』(赤々舎)と同様に、初沢さんの写真は北朝鮮で邂逅した目の前の事物をそのままに切り取っていて、報道写真によくある過剰にドラマチックな演出はない。

 写真というメディアには、眼前の事象をフラットにイメージ化できるという特性がある。ゆえに絵画、小説、映画といった他の芸術と比べて、そのままでは作家の意図が表れにくい。

 初沢さんはこの写真の持つ性質、言い換えれば「写真だからこそ表現できること」に自覚的だ。そして、見る者にとってよくも悪くもバイアスとなりうる撮り手の思い入れを排除するための工夫を撮影の随所に組み込んでいる。

「撮影はパンフォーカス(写真の全面にピントを合わせる設定)で横位置、モノクロと違って加工しにくいカラーで行います。理由は写真に『中心』を作りたくないから。中心があるということは、写真家が被写体の価値の序列を勝手に付与すること。逆に言えば、中心がない写真は写ったもの全てが等価値であることを表します。偶然に写り込んだ多様な価値観が1枚の写真に混在していることが重要だと考え、目の前の事物を等価に写したい私にとって、このスタイルは必然なのです」(初沢)

 しかし、「フラットに撮るだけでは足りない」とも考えている。

「写真家は自分の立ち位置に敏感である必要があります。沖縄と同様に、日本と北朝鮮についても過去に植民地として支配し、いまだ謝罪も終わっていない加害者側と被害者側の直線的な抑圧的構造があり、そのうえで写真家は『写真を撮る』という、ある種の収奪もしている。二重の抑圧があるわけです。自分の属する社会と写真を撮る社会との関係、そして、どの位置に立って撮ったのかは写真に写らない。だからこそ、きちんと言及していかなければならないのです」(初沢)

「被写体の側から大事なのは、どんな姿勢で何をどう考えて撮っているか。それによって許せるか否かも決まってくる。抑圧なり搾取をしている側としての自覚があって、その責任のもとに丁寧に表現し、継続的かつ繊細な心遣いで発言し続ける必要がある。写真集を作ったあとのありかたも含めて、写真家には被写体への責任が問われるのです」(初沢)


■写真家・初沢亜利の現代的意義


 今、私たちが生きる世界は様々な問題を抱えている。そんな時代に写真は、写真家は何ができるのか? この問いに対して初沢さんから返ってきたのは予想外の答えだった。

「写真の力については半信半疑にならざるをえません。1月に亡くなった評論家の西部邁さんはご自身の言論、作家活動について、『何も変えられなかった。無意味だった』という一言を残して死んでいきました。それはある種、私を含めた表現する側のエゴかもしれないけれど、1冊の本で世の中は動かないし、変わらない。映画なら、地味なドキュメンタリーでも数千人は映画館を訪れる。一方で、写真集を数千部売ることは本当に、本当に難しい。正直な話、北朝鮮のことをもっと広く伝えようとするならば、写真以外の手段のほうがいいんじゃないかと思うこともある。ここ5年くらいは揺れています」(初沢)

 なるほど。「写真の力」を無邪気に信じられるほど純情ではいられないのが現実ということか。

 しかし、あえて言いたい。初沢さんの写真は、現代を生きる私たちにとって必要なんじゃないかと。

 フェイクニュースが蔓延するポストトゥルースの時代は、感情的で恣意的な一部の利害関係者の主張が私たちの行く末に多大な影響を与えかねない。民主主義社会において、その脅威と争いながら未来を作っていくためには、個々人が自分の頭で思索し行動することが必要だ。そのベースには、多様な価値観を提示してくれる情報が不可欠である。

 目の前の世界を構成する要素を全て等価値に、ありのままに提示する初沢さんの写真こそがそれなのだ。人間の憎悪と敵意が歴史を作ってきたことはまぎれもない事実であり、歴史の積み重ねの上にある「いま、ここ」の現実は強固で動かし難い。だからこそ、そこに単身斬り込む初沢亜利という写真家は稀有な存在だと言える。

 ぜひとも、『隣人、それから。38度線の北』を手に取ってほしい。あなたがそれまで抱いていた北朝鮮観を心地よく揺さぶり、そこに生きる「隣人」のイメージをアップデートしてくれるはずだ。

初沢亜利(はつざわ・あり)
1973年、フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒業。第13期写真ワークショップ・コルプス終了後、イイノ広尾スタジオを経てフリーランスとして活動する。2013年東川賞新人作家賞受賞。2016年日本写真協会新人賞受賞。主な写真集に『Baghdat 2003』(碧天舎 2003年)、『True Feelings-爪痕の真情-』(三栄書房 2012年)、『隣人。38度線の北(徳間書店 2012年)、『沖縄のことを教えてください』(赤々舎 2015年)がある。

北朝鮮は5年間でこんなにも変わった ― 親日的な政府関係者、熱々カップル、 高層ビル群…  報じられない真実を見た写真家・初沢亜利インタビュー!の画像18

『隣人、それから。38度線の北』
発行元:徳間書店
価格:3,000円+税

初沢亜利写真展「北朝鮮2016-2018」
開催期間:2018年5月17日〜9月29日
場所:山﨑文庫
住所:東京都港区六本木4-8-9 地下一階
営業時間:17:00〜翌朝3:00
定休日:日曜日
電話:03-6804-5800

http://www.tokuma.jp/topicsinfo?tid=20486

文=渡邊浩行/YAVAI-NIPPON

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