■2週間で撮り切ることの困難さ
『隣人、それから。38度線の北』は、北朝鮮の何気ない日常が写された写真集だ。その点でも稀有だと言えるのだが、ずば抜けて凄い点がある。それは、取材環境のシビアさから考えてありえない、写真の質と量だ。
北朝鮮では旅行者1人につき政府の案内人が2人と運転手1人に車1台が付く。行きたい場所や取材内容を伝えるとコーディネート、通訳をしてくれるわけだ。とはいえ、これら3人は監視者でもあり、カメラマンが他国と比べて好きなように歩き回って撮影することは難しい。
そのうえ、3回の訪朝での実質的な撮影期間は2週間足らず。あらかじめお膳立てされたコマーシャル撮影ならいざ知らず、何が起こるか予測できないストリートスナップの手法でわずか2週間で写真集1冊ぶんの写真を揃えることは、並みのカメラマンでは無理だ。
政治体制の異なる国で、不自由な常時監視のもと、時には列車や自動車などの走行中の乗り物の中から動いている被写体を的確に捉えるには高い集中力と撮影技術が不可欠。加えて、これという被写体に出会う「運」も才能のうちだ。この本は、あらゆる意味で、初沢さんだからこそできた仕事だと言えるのではないか。