「写真界の芥川賞」と言われる木村伊兵衛写真賞の第44回受賞者が、今朝の朝日新聞朝刊で発表された。栄誉に輝いたのは岩根愛。先にトカナでも紹介したドキュメンタリー映画『盆唄』のアソシエイトプロデューサーも務めた写真家だ。
ハワイで出会ったボンダンス(日系移民が伝えた盆踊り)に魅せられ、そのルーツである原発事故の被災地、福島で、土地と伝統に根ざして生きる人々との出会いに目を開かれ、自身の写真を突き詰めて来た岩根さん。処女写真集『KIPUKA』(青幻舎)は、そんな岩根さんの旅の軌跡であり、依って立つ土地と引き離された人間が生きることとはどういうことか? 未来に何を残すことができるのかを、写真家の目で見つめ続けた、大きな世界観の作品集だ。
岩根さんに、受賞作である『KIPUKA』を制作した経緯、これまでの歩み、ハワイと福島写真を撮り続けるなかで見えてきたものについて話を聞いた。
■ハワイにも移民にも興味はなかった
ーー初の写真集、『KIPUKA』を拝見して圧倒されました。この作品はハワイの日系移民と、その故郷である福島県の原発事故の被災者、つまり、「故郷から切り離されることを余儀なくされた者」同士を「盆踊り」という共通のルーツによってつなげた、壮大な物語なのだと思いました。もちろん、そこからはさまざまなことが読み取れるわけですが。そもそも、ハワイを撮ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょう?
岩根 2006年にサザンオールスターズの撮影の仕事でハワイに行ったことがきっかけです。当時、ハワイ島に友人が住んでいて、知り合いのライターに「面白い人がいるから訪ねるといい」って言われて紹介されたニック加藤さんという人を、友人と一緒に訪ねました。当時ニックさんが住んでいた、ハマクア浄土院っていう、ハワイ島で一番古いお寺に遊びに行ったんですよ。
ーーきっかけは仕事だったんですね。
岩根 それで、お寺の裏手の墓地に行ったら、荒れた草むらになっていて、ボロボロになった墓石があったんです。刻まれた文字が読めなくなっていたり、墓石の代わりにただの石が使われているものもありました。それが、日系ハワイ人の墓だったんですね。そこで、初めて日系移民の存在を知ったんです。このお墓との出会いがあって、もっと日系人のことを知りたいと思っていたら「ボンダンス(ハワイの盆踊り)があるから、夏にまた来れば?」って言われて、同じ年の夏に2度目のハワイに行きました。その時に撮ったのが写真集の最初の1枚です。
ーー若い女性がハワイで墓探しって(笑)。ワイキキでバナナボートに乗るとかならわかりますけど。
岩根 そういうリゾートアイランドだと思ってたから全然興味なかったんですよね。それまではハワイに行きたいとか全然思ってなくて。