8月1日から11日まで、東京・代官山のヒルサイドフォーラムで、『写真ー記録ー劇場 The President at an in-between Stage』という写真展が開かれた。作家は林育良(リン・ユーリャン)。現職の台湾総統、蔡英文氏の首席写真官だ。
この写真展は、ある意味、驚くべきものだった。そもそも、被写体である蔡総統がまともに写った写真のほうが少ないという、現職の国家元首を現職専属カメラマンが撮った写真展としては通常はありえない構成だったからだ。事前に入手した資料につづられていた「『総統』という概念の解体」という一文にも興味を惹かれた。
作品制作の意図や背景、総統府専属首席写真官の仕事、林さん自身の来歴などについて話を聞いた。そこから浮かび上がってきたのは、台湾における徹底した表現の自由と民主主義的な土壌、そして、林さん自身の特異なキャラクターだった。
■政治ドキュメンタリーではなく、アート作品
ーー『写真ー記録ー劇場 The President at an in-between Stage』は、実に興味深い写真展でした。現職の国家元首を撮った写真を現代アートの文脈で作品化した専属カメラマンは初めてではないでしょうか。
林 私には、蔡英文総統の撮影官であるとともに、アーティストという自負もあります。数年来、写真を生業とし、現代写真を見てきたなかで、職務として蔡総統の写真を撮りながらも、現代アート的な手法を用いることで、いいバランスで作品を作ることができないかを模索してきました。
ーー台湾ではなく、日本で写真展を行った理由を教えてください。
林 華人圏では、この作品で何かを語ることができないだろうと考えたからです。政治的な空気感の問題等があって、華人圏で展示することは難しい。台湾人は蔡英文総統のことを知り過ぎていて、既成のイメージを強く持っていますから、アート作品として見てもらうことには無理があります。日本でなら、蔡総統との距離があるぶん、写真そのものが何を表しているのかを原初的な部分に立ち返って見て、考えてもらえると思いました。