【芸人・九月の新連載】又吉直樹『劇場』を徹底批評!”婉曲エロス”の極みを読み解く…乱視で読む日本文学

 少しだけ、お笑いと言語についての話をさせてください。

 芸人の間では、方言と標準語では適しているネタの種類が違うと考えられています。方言は、喧嘩をしたり、人情味を出したり、どこか人間臭いネタに向いていて、標準語は、事実関係を並べたり、言葉をもじったり、どこか無機質なネタに向いている。ざっくり言えばそのように考えられています。

 もちろん例外はたくさんあります。標準語でも感情的な演技を得意とする芸人はたくさんいますし、関西弁話者でもクールで無機質なネタを得意とする芸人はたくさんいます。また、言語以外にも見た目や声質、声量など、印象を決める要素は沢山あります。

 ただ、あくまでも一般的な傾向として、前述したように考えられていて、芸人は自分の話す言語の特徴を踏まえてネタを作ります。

 関西弁がキツ過ぎたら怖がられるだろうか、それならいっそ怖いキャラクターをやってみようか。東北なまりなので多少いじられた方がおもしろいのだろうか。標準語だと冷たい印象を与えそうだから、ニュースキャスターなどの役にすることで、説明を付けてしまおうか。恐らくすべての芸人が、このように自分の言語の特徴を考えてネタを書いています。

 このとき、『劇場』において、関西弁がユーモアや、怒りや、悲しみや、永田の持つ様々な側面を的確に表現していること、標準語が常に冷たい自意識の素描に徹していることは、又吉さんのお笑いを通じた言語への洞察が、一つ動力源になっているからこそだと思うのです。

 方言と標準語を使い分けること、それ自体は珍しい演出ではありません。しかし、『劇場』におけるこの演出は異常なまでに正確です。「関西弁」と「標準語」が持つ効果を、恐ろしいまで的確に運用しています。僕はその背景に、「江戸」「上方」の別を持つお笑いの文脈を見た気がしたのです。

画像は「Getty Images」より引用

●おわりに

 今回はここまで『劇場』について、幾つか論点を並べ、考えてきました。トータルの感想としてこんなことを言うのも変なのですが、『劇場』のことを考えていると、じわじわと恋愛をしたくなります。なぜなんでしょう。恋愛が上手くいく小説ではないし、それなりに嫌な気持ちになるシーンも多かったんですけどね。

 恐らく、僕は登場人物の全員が好きなんだと思います。欠陥が多くて、とても完璧からは程遠くて、幼くて、どうしようもなくて、でもそこに愛おしさを感じてしまっているんです。こうなったらもう本当にどうしようもないんでしょうね。ずっと好きでいようと思います。

 さて、次回も引き続き『劇場』についてです。今回は形式面に注目しましたが、次回は内容や人物にも着目していきます! どうぞお楽しみに。

文=九月

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