【春日武彦×末井昭の新連載】猫と母 ― この謎多き存在を徹底考察&ほっこりニャン写真も♥

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〈ねず美〉が我が家に来たのは、2002年10月のことでした。

 その年の1月に、桜新町のマンションから、用賀の一軒家に引っ越して来ました。家はプレハブのようなペラペラの二階建てですが、かなりの年月を経た小さな庭が付いていて、古い石灯篭や苔が生えた庭石がたくさん転がっていて、二階のベランダに届くほどの樹木が庭を囲んでいました。そこだけシーンとした感じがして、ぼくも美子ちゃんも、その庭がけっこう気に入りました。

 越して来てから3カ月ほどして、庭に時々猫が来るようになりました。その頃、ぼくはまだ会社に勤めていたので、その猫と会えるのは休みの日ぐらいだったのですが、美子ちゃんはその猫が来るたびに、煮干しや鰹節などあげていたようです。そのうち毎日来るようになり、来ない日があると、寂しそうに「どうしたんだろうね」と言っていました。

 その猫は白黒で、口の周りが黒いので〈デンスケ〉という名前にしました。浅草で活躍していたコメディアンの大宮敏充、通称大宮デン助(舞台に立つ時、口の周りを黒く塗る)になぞらえてぼくが付けました。「デンスケ、デンスケ」と呼んでいたら、そのうち「デンスケ」と言うと振り向くようになり、家の中にも入って来るようになりました。

家の中に入って来た〈デンスケ〉(写真:神藏美子)


〈デンスケ〉は、野良猫なのか飼い猫なのかが微妙で、それは首輪をしているからです。しかもその首輪には鈴が付いているのです。飼われている猫でも家出したり、あるいは遠くに来てしまって、帰れなくなった猫もいるはずです。〈デンスケ〉はそういう猫ではないかと思っていました。

 ある時、〈デンスケ〉の鈴の付いた首輪がなくなっていることに、美子ちゃんは気が付きました。野良猫と喧嘩して外れたのかもしれません。ところが、次に来た時には新しい首輪が付いていたのです。飼い主がいると確信したのはその時です。

 この頃になると、〈デンスケ〉はうちの猫みたいになっていて、触っても逃げたりしなくなっていました。美子ちゃんが〈デンスケ〉の頭を撫でながら新しい首輪をよく見ると、小さい字で「マキ・キュー」と書かれていました。おそらく〈デンスケ〉の名前です。

 美子ちゃんが「マキ、マキ」と呼んでみたのですが、反応がありません。マキというのは苗字で、キューというのが名前ではないかと思い、2人で「キューちゃん、キューちゃん」と呼んだのですが、やはり反応がありませんでした。

 そういうことを、ウェブで連載していた「絶対毎日スエイ日記」(のちに、アートンで書籍化されました)に書いていたら、知り合いの松田義人くんという編集者がそれを読んでいて、「それは牧さんところのキューちゃんです」というメールをくれました。松田くんの実家は、ぼくらが住んでいるところの近くにあり、松田くんのお姉さんは牧さんと友達なのだそうです。

 しばらくして牧さんからメールが来ました。アドレスは松田くんが教えたのだと思います。そのメールにはこう書かれていました。

『はじめまして。牧と申します。

 うちのキューがお世話になっています。先週は5日も帰ってこないので、事故にでも遭ったのかと心配していましたが、3日前何食わぬ顔で帰ってきました。お腹も空かしていないし汚れてもいないので、これは絶対別宅があると確信しました。

 これからもおじゃますると思いますが、デンスケとして可愛がってやってください(メスですが……)。一度主人とご挨拶に伺いたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。』

 オスだとばかり思っていたので、「メスですが……」というところで思わずズッコケましたが、これがきっかけで牧さんと交流が始まったのでした。引越して来て初めてのご近所付き合いが、猫の縁で始まったのです。

 牧さんところには〈プーちゃん〉という猫もいて、〈キューちゃん〉と仲が悪いのだそうです。〈キューちゃん〉が何日も帰らないのはそのためです。〈プーちゃん〉は網戸を自分で開けられるのだけど、〈キューちゃん〉は開けられないので、帰って来た時に誰もいなくて網戸が閉まっていると、また出かけて行って帰って来ないそうです。〈キューちゃん〉は、けっこう孤独な猫なのかもしれません。でも、だからこそ、どこの家に行っても可愛がられる術を体得したのかもしれません(近所の家の二階の窓にキューちゃんがいて、さもその家の猫みたいな顔で下を見下ろしていたのを見たことがあります)。

 美子ちゃんが牧さんの家に遊びに行った時、たまたま〈キューちゃん〉が帰っていて、これ幸いにと〈キューちゃん〉を抱いたら、ゴロゴロいい出したそうです。そのゴロゴロがすごく気持ち良かったそうで、美子ちゃんは「猫飼おうかなあ」と言うようになりました。


 我が家から用賀の駅に向かう途中の商店街の外れに、古くからやっている「ペットビルUSA」というペットショップがあリます。入り口横のガラスの向こうに、大きなケージが2つ重ねて置いてあって、春と秋にはそこに子猫が入っていて、キャットタワーに登ったり、ハンモックで寝たりしています。みんな保護猫です。立ち止まって「カワイイ~」とか言って見ている人もいます。たいていは若い女性で、USAの人も全員女性です。

 ある時、USAのガラスに「子猫譲ります」という張り紙があるのを美子ちゃんが見付け、USAのマダムに子猫が欲しいと言うと、「今度来ますよ」と言われたそうです。

 それから1週間ほどして、美子ちゃんが再びUSAの前を通りかかったら、ケージの中にキジトラで短いカギ尻尾の子猫がいました。マダムに聞いたら、砧公園の近くでまだ目が開いてない子猫を2匹見付けた人がいて、獣医さんに連れて行って病気のチェックをしてもらい、ここに連れて来たのだということです。2匹いたのだけど、1匹はすぐもらわれたそうです。

 美子ちゃんは、白黒でオリジナル柄の猫が欲しかったので、「どうしようかな?」と思って見ていたら、その子猫がウィンクしたそうです(本当か?)。「これはやられたなあ」と思っていたら、マダムに「あなたが一番最初だから、あなたに権利がありますよ」と言われて、次の日にぼくも一緒に引き取りに行くことになったのでした。

 その猫はもの凄く元気でした。家に帰って猫バッグを開けると、凄い勢いで飛び出して部屋の中を走り回ります。小さくて黒っぽいのでまるで鼠のようです。

「この子の名前、ネズミにするよ」と言うと、美子ちゃんは「えーっ、ネズミ? ネズミは可哀想じゃない? ネズミのミは美しいの美にしてよ」と言うので、〈ねず美〉という名前になりました。呼び方は同じだけど、〈ネズミ〉より〈ねず美〉の方が喜ぶと思っているようです。

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