【春日武彦×末井昭の新連載】猫と母 ― この謎多き存在を徹底考察&ほっこりニャン写真も♥

 美子ちゃんは世田谷区桜丘の育ちで、小さい頃〈チーコ〉と呼んでいた野良猫が家に来ていて、その猫に遊んでもらったり、寝かし付けてもらったりしていたそうで、〈チーコ〉は「まるで乳母のような猫だった」と言っています。そういう経験があるから、猫に対して特別な思いがあるようです。

 都会育ちの美子ちゃんとは正反対で、ぼくは山奥の寒村で生まれました。子どもの頃はまだ原始共産制みたいなところが残っていて、イノシシが捕れると半鐘が鳴り響き、村人たちが鍋やらドンブリなどを持ってゾロゾロ河原に集まって来ます。みんなが揃うとイノシシがさばかれ、肉が均等に分けられるというようなことが行われていました。

 我が家では山羊を飼っていました。可愛がっていたのですが、「そろそろ食べるでぇ」と父親が言いだし、山羊を河原に連れて行き、父親が山羊の頭に大きな金槌を振り下ろしました。鈍い音がして、山羊は「メェ~~」と一声鳴いて倒れました。可哀想だけど、そういうものだと思っていました。

 猫も飼っていましたが、飼うというよりその辺にいるという感じで、時々ご飯に味噌汁をかけたものをあげることもありましたが、食べ物はだいたい猫が自分で調達していました。山の中ですから、トカゲやカエルやカマキリやスズメなどがいるので、食べる物には困らなかったと思います。

 一度、猫が山鳩を捕ったことがあります。自分では咥えられないぐらい大きな山鳩で、あとずさりしながら引っ張って見せに来ました。ぼくはその山鳩をひょいと取り上げ、焼いて食べました。〈ミケ〉と呼んでいたその猫は、ウ~~~~と唸っていましたが、食べ残しをあげると満足していました。村での食べ物は、主に米と畑で穫れる野菜ぐらいで、動物性たんぱく質が全般的に不足していたのです。

 そういう感じで猫と付き合って来たので、美子ちゃんと比べると幼少期の猫との接し方が全く違うのです。猫に人格を重ねるようなことはしたことがありません。猫は猫、人間は人間と思っていました。

 しかし、美子ちゃんはそうではありません。〈ねず美〉がまるで言葉を理解するかのように、「ねず美ちゃん、お腹すいたでしょう? ご飯食べようね~」と、まるで子どもに話しかけるように話しています。

 そしてぼくにも、「ねず美ちゃんに話しかけてあげてよ」と催促します。猫は話しかけられることによって自我が育ち、個性も出て来ると言うのです。それが事実だとしても、猫に何を話せばいいのか思い付きません。しかし、黙っているのも逆に緊張するので、最初は「い~子ちゃん、い~子ちゃん」と言っているうちに、少しずつ話せるようになりました。「い~子ちゃん、ねず美ちゃん、い~子ちゃん」と言うと、じっとぼくの目を見て、ぼくが話していることを理解しようとしているようです。

〈ねず美〉に話しかけられるようになって、〈ねず美〉と前より親密になりました。ぼくがパソコンに向かって原稿を書いていると、机の上に上がって来てじっとぼくを見つめたり、肩に乗って来たりします。「ねず美ちゃん、今仕事中だからね。あとで遊んであげるね」と言うと、机から飛び降りプイと部屋を出て行きます。機嫌を悪くするといけないので、〈ねず美〉のあとを追って一緒にベランダに出て、〈ねず美〉を撫でてあげながら、心地よい風に当たっていると、この時間がずっと続いて欲しいと思ったりします。

 冬になって、炬燵で本を読んでいると、〈ねず美〉も炬燵に入って来て、気が付いたら一緒に眠っていたこともあります。可愛いなあと思います。〈ねず美〉は、無条件にぼくのことを信頼してくれているのです。我々には子どもがいないので、そういう存在に出会ったのは初めてです。

〈ねず美〉と昼寝する筆者(写真:神藏美子)


 春日さんの本『猫と偶然』の中に、夕暮れ時、ソファの左半分を猫が占領し、右半分に春日さんが座って、猫と適度な距離を保ちながら、ぼんやりしているというところがあります(「ハーフ&ハーフ」)。「猫と一緒に、ソファを筏代わりにして大海原を漂流しているみたいだ」と書かれていて、すごく羨ましい気持ちになりました。

 春日さんの「猫などの話」を楽しみにしています。


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文=末井昭

1948年、岡山県生まれ。デザイン会社やキャバレーの看板描きなどを経て編集者となり、セルフ出版(現・白夜書房)の設立に参加。『NEW SELF』『ウィークエンドスーパー』『写真時代』『パチンコ必勝ガイド』などの雑誌を次々と創刊する。白夜書房取締役編集局長を経て、2012年に白夜書房を退社。現在はフリーで執筆活動などを行なう。著書に、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(ちくま文庫)、『絶対毎日スエイ日記』(アートン)、『自殺』(朝日出版社)、『結婚』(平凡社)、『末井昭のダイナマイト人生相談』(亜紀書房)、『生きる』(太田出版)、『自殺会議』(朝日出版社)などがある。2014年、『自殺』で第30回講談社エッセイ賞を受賞。2018年、『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化(監督・冨永昌敬/配給・東京テアトル)。
Twitter:@sueiakira

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