「3年後に次のパンデミック」ビル・ゲイツ予言! さらなるワクチン開発を叫ぶゲイツと“ジョブスの面影”! ケロッピー前田がゲイツの目的を完全解説

 彼らはともに1955年生まれ、ゲイツは米シアトル出身、根っからのオタクであったが、裕福な家庭で育ったことから勉強ばかりでなくビジネスや金儲けの能力も鍛えられ、のちに経営者としての才能も発揮している。

 一方、ジョブズは両親の都合で養子に出され、一般家庭で育ち、大学に入学するがドロップアウト、精神世界に傾倒してインドを放浪するなど、自らも認めるヒッピーである。だが同時にジョブズは幼少期から電子機器に強い関心を示し、13歳にしてヒューレット・パッカード社でアルバイトを経験している。高校時代には5歳年上のスティーブ・ウォズニアックと「ブルーボックス」と呼ばれた電話料金を無料化する装置を自作販売し、のちにウォズニアックとアップル社を立ち上げている。

 ゲイツとジョブズを扱ったドキュメンタリー、『Triumph of the Nerds(オタクの勝利)』(1996)と『Face to Face: Jobs vs Gates – The Hippie and the Nerd(スティーブ・ジョブズ VS ビル・ゲイツ ~ライバルたちの闘い~)』(2015)を見てみよう。

 数十年に及ぶ2人の関わりを追っていくと、大きく4つの戦いがあった。

 ひとつは、1975年、最初のパーソナルコンピュータ(PC)といわれるアタリ社のアルテア8800が発売されたことをきっかけに始まる。ゲイツはアルテア8800専用のBASICインタプリタを相棒のポール・アレンと開発し、翌年にはアタリ社の社員となり、1976年にアレンとマイクロソフトを創業する。それに対して、ジョブズはアタリ社のアルテア8800と同じ性能のハードウェアをずっと少ない電子部品で組み上げ、1976年にAppleIを完成させる。1978年には、キーボード一体型の本体にモニターやディスクドライブをセットにしたAppleIIで、PCの基本型を作り出し、大ヒットする。1977年にウォズニアックらと立ち上げたアップル社は順調な成功を収め、20代半ばにして、スティーブ・ジョブズはコンピュータ業界の若手ホープとなった。

 2つ目の戦いは、1981年、大型コンピュータ専門の業界最大手のIBMがPC市場に参入するタイミングで、ゲイツはそのオペレーションシステム(OS)を提供したことから始まる。そのOSは「MS-DOS」と呼ばれ、マイクロソフトは他社のPCにも幅広くそれを提供したことでシェアを一気に拡大する。この時期、ジョブズはゲイツにアップル社のソフト開発も委ねており、ゲイツが巻き返した形となった。

 3つ目の戦いはジョブズにとってはさらに残酷だ。その頃、現在はあらゆるPCの基礎となっている「GUI(グラフィックユーザーインターフェイス)」が開発途上にあり、そのジャンルで先行していたジョブズはマウスやアイコンなどを導入し、1984年に「Macintosh」を発売した。そのCMでは、ジョージ・ オーウェルの『1984』をモチーフに、ゲイツとIBMを「ビッグブラザー」にたとえ、パーソナルコンピュータ「Macintosh」はそのようなIT全体主義に対抗するカウンターとして描かれた。

 しかし、ジョブズが全身全霊を注ぎ込んで作り上げた「Macintosh」のOSは、マイクロソフトに「Windows」としてパクられ、1985年にはジョブズはそのワンマンぶりゆえに、アップル社から解任されることとなる。その後、ジョブズはNeXT社を立ち上げるが新開発のPCは失敗に終わる。しかし、買収したCG会社ピクサーの映画『トイ・ストーリー』が大ヒットしたことで96年にアップル社に返り咲くこととなる。

 その間に、ゲイツは「Windows95」で世界的な大成功を収め、1994年から2006年まで13年連続で世界の長者番付ナンバーワンを維持し続けた。

 1996年、ジョブズはまだどん底にあった頃に作られたドキュメンタリー『Triumph of the Nerds』で、「マイクロソフトの唯一の問題はセンスがないことだ。(中略)彼らはオリジナルなアイデアを思いつけないうえに、作った製品には思想がほとんど込められていないんだ」と痛烈に批判している。

 それでもジョブズは、アップル社建て直しのためにマイクロソフトからの出資を受けている。1997年、マックワールド・エクスポでそのことを発表したときの愛憎渦巻く観客の反応は凄まじい。

 4つ目の戦いは、98年のiMacに始まる「i」シリーズ旋風によるジョブズの巻き返しである。2007年に発表したiPhoneは携帯電話にパソコン機能を詰め込み、スマートフォンを新たなデバイスとして再創造した製品で、その後、アップル社の売り上げの5割を占めるものとなる。

 一方のゲイツは、1998年、アメリカ司法省に反トラスト法(独占禁止法)で起訴され、その後の数年を裁判に費やすことになる。2000年には妻と世界最大の慈善基金団体としてビル&メリンダ・ゲイツ財団を設立している。

 2011年、ジョブズは56歳でこの世を去った。2人の最後の戦いは、誰が見てもジョブズの勝利であった。

 しかし、ゲイツが「ワクチンの10年」計画をスタートするのは2010年。素晴らしいライバルを失ったゲイツは、その頃からワクチン開発という新たなジャンルを支配し、独占することを加速していく。

 それはゲイツにとっての5つ目の戦いではなかったか?

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