「自分と“本当に同じレベルの顔”の女を見たらどうする?」精神科医・春日武彦の悩み&猫と母のコンプレックス

 猫はこちらの心を見透かすか、という疑問はなかなか興味深いですよね。ことに猫を飼っている人は、イエスと答える確率が高いのではないかと思います。だって猫はしばしばわたしたちの気持ちを悟っているかのような態度や行動を示しますし、こちらには分からない特別な気配を感じ取っているように見えることもある。非常に鋭敏なセンサーを備えているとしか思えない。

 しかし猫が精神のレントゲン装置みたいにわたしたちの心をクリアに見透かし理解しているかといえば、それはちょっと違うのではないかというのが当方の意見です。

 わたしたちの心は、無意識とか深層心理的なものも含め、とても複雑かつ奇怪です。矛盾を孕んでいる。ひとつの意志や意見や感想が頭に浮かんだとしても、同時に正反対の気持ちも生じていたり、あえて表面には出さないけれど邪悪なことを考えていたりもします。そうなりますと、たとえ猫がこちらの心を見通したとしても相反する情報や似て非なる情報などさまざまなものが一遍に読み取れてしまう。情報過多というかノイズが多過ぎるというか、収拾がつかなくなってしまう。そこを上手く整理するには、ヒトの心の機微とか綾を熟知していることが必要で、果たしてそこまで猫は出来るのかどうか。

 たぶん猫は人間の心を見通している。が、十分に解釈し咀嚼するところまでには至っていない。結果として猫は、面倒だなあ人間の心なんてどうでもいいやという結論に(たぶん)達している。でもたまに気が向くと、「お前の心なんてお見通しだ」的な振る舞いをして人間どもを牽制する。理屈っぽいですけれど、わたしはそのように理解しています。だから猫と自分とはどこまで通じ合えるかと申せば、やはり限界があるし誤解も生じるだろう。〈ねごと〉君と一緒に居ても当方が比較的素っ気ない(他人から見れば、ですけど)態度を示すのには、背景としてそういった考えがあるからです。

 ところで、睡眠中の猫は夢を見ているのだろうかという素朴な疑問もありますよね。わたし的には「あれだけ寝てばかりいるのだから、夢を見ているに決まっているじゃん」と言いたくなります。そして〈ねごと〉君とわたしが暮らしているこの世界は、何者かの夢そのものではないのかといった疑いも拭い去れません。その「何者か」は、人間かもしれないし猫かもしれないし、もっと別な生き物――ベニテングダケとかエチゼンクラゲとかナナフシとか、そういった意外性に満ちた生物かもしれません。わたしの直感としては、毒キノコあたりが怪しい。夢から覚めると「何者か」は山の中で、自分が毒々しい色の笠で周囲を威圧しながら佇んでいるベニテングダケであったことに気付くのではないでしょうか。

 自分と猫は、毒キノコが見ている夢の中で肩を寄せ合って生きているんだというふうに想像してみますと、人生のしんどさも少し和らぐ気がします。

部屋の中を覗く(撮影 春日日登美)


 末井さんは「飼い猫になることが、猫にとって幸せなことなのかという問題があります」と前回お書きになりました。その問題は、わたしとしてもいつも気になっています。

 なぜこの問題が気になるかと申せば、それは結局のところ飼い主の思い入れや思い込みに関連してくるからです。家の中に閉じ込められているより、草っ原を走り回ったりしたほうが、本当に猫には楽しいのかどうか。長いこと外で暮らしていた猫を、ある日を境に家猫にしたら猫にとっては辛い状況に置かれてしまうかもしれません。たとえ安全や食べ物が保証されたとしても動物園の檻に入っているような気分になってしまうかもしれない。でもそのあたりは、猫の個性でずいぶん違ってくるような気がするのです。

 わたしは子どもの頃、外で遊ぶなんて嫌いでした。そもそも運動をするのが好きでない。縁側で日向ぼっこをしながらゲルマニウムラジオを聴いたり、室内で煎餅を囓りつつ本を読んだりするほうが遙かに幸せでした。あるいは大人たちが世間話をしているのを、背後でオモチャをいじりながら聞き耳を立て、あれこれ想像を膨らませるのが楽しかった。子どもは風の子、なんて言う大人がいると、「うっせーなー、どんな根拠があってそう主張するんだよ。自分が戸外で遊ぶのが好きだからって、それを押しつけるなよ」と、それこそ中指を立てたい気分に駆られたものです。猫は戸外を全速力で走り回るのと、「猫は炬燵で丸くなる」状態でいるのと、そのどちらがいいのか。屋根だとか塀の上から、面倒臭そうな表情で世間を睥睨するのが一番なのか。たぶん全部なのでしょうが、ことに昨今は「どれもこれも」というのが難しいのが現状です。

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