「美しすぎる母親」をもった精神科医を襲った“美醜の苦悩”! 蘇る母の性的な記憶とコンプレックス

<第6回 春日武彦→末井昭>

■■■■■猫嫌い■■■■■

末井昭さま

 猫って、おかしなところの水を飲みたがりますよね。餌(カリカリ)の皿の脇に置いた水は滅多に飲みません。それは分かっているので、水分補給用まぐろムースなるものを供し、これはちゃんと食べてくれます。あとは洗濯機の近くに水飲み用のボウルを置いていて、こちらの水を好んでいるようです。

 ただし、うっかり浴室の扉が開いていると、そこから入ってタイルの床の溜まり水を飲みたがる。どうしてああいうことをするんでしょうかね。ひょっとしたら、我々が身体によろしくないジャンクフードをつい食べてしまうようなものなのでしょうか。猫にとっての、ささやかな(そして楽しい)背徳行為に近い気もします。

猫と本棚(撮影:春日日登美)


 洗濯機のそばに置いてある水飲み用ボウルは淡い緑色の陶器で、模様のないシンプルな形をしています。ペットショップで売っているやつは、魚だの猫だのの絵が描いてあったり、そうした意匠がレリーフになっていたりで、どうも落ち着きに欠ける。というわけで人間用の食器を流用していますが、我が家の〈ねごと〉君の毛の色(茶トラ)を考えると、青い色のボウルが欲しいところです。サイズや重さを考え合わせると、なかなか「これだ!」というのが見つかりません。まあ、そんな呑気なことを話題にできるような平和さ加減が、まさに猫を飼う楽しみのひとつかもしれませんね。

 陶器の猫用水飲みボウルを自分で作ることができたらいいな、と考えたことがあります。でも手先が不器用だから、そんなことは無理なのも分かっています。特注するなんていうのは、猫道楽を逸脱してどこか嫌味な気がする。さすがにそんなことをする位なら、捨て猫を保護する団体にでも費用を寄附するべきだと思う。そうした前提を踏まえたうえでの夢想なのですが、自分自身が水飲みボウルになってみるのはどうでしょうか。

 自分が飼い猫より先に死んだとします。わたしの遺灰の一部を土に混ぜ込んで水飲みボウルを作ってもらう。昔、伊丹十三監督の映画『お葬式』を見ていたら、主人公の山崎努がお通夜を前に戸外で愛人(高瀬春菜)とセックスをする場面がありました。後背位でしたね。喪服を着た彼女の尻をまくると物凄く鮮やかな青の下着で、そのえげつないコントラストぶりに「監督は本当にエロい人だなあ」と嬉しくなった憶えがあります。そのときの青を思わせるボウルですね。

画像は「Amazon」より引用

 で、陶器のボウルとなったわたしは、昼も夜も水を湛えたまま、うつらうつらと半覚醒のまま部屋の隅で日々を送ることになります。ときおり〈ねごと〉君が寄って来て、薄い舌を上下に動かして水を飲みます。水面に小波が生じ、ボウルの表面を小刻みに撫でます。するとわたしはくすぐったくなって、「うひょひょ」と声にならない声を上げる。そんな場面を思い描いてみると、ゆったりと心がほぐれてきます。

 ところでわたしの母は猫嫌いでした。昨今の日本人にアンケートを取ったら、「猫大好き」と「そこそこ好き」「別に関心がない」で大部分を占めるのではないでしょうか。猫の毛アレルギーの人はいても、「猫嫌い」は少数派のような気がします。

 しかしバブル景気(昭和61年12月~平成3年2月)の前あたりまでは、猫嫌いが結構多かった気がします。エビデンス(笑)はありませんけれど。

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