「美しすぎる母親」をもった精神科医を襲った“美醜の苦悩”! 蘇る母の性的な記憶とコンプレックス

 末井さんが、「幼い頃に母を亡くした者は、埋まらない心の空洞を抱えたまま生きなければならないのでしょうか。それもマザコンと言うのでしょうか」と、胸の痛むことを書かれています。ええ、たぶん「埋まらない心の空洞」を抱えて生きねばならないと思います。翻ってわたしについて言えば、「母に認めてもらえずそれを努力で補うこともできない者は、いじましい不全感を抱えたまま生きなければならないのでしょうか。それもマザコンと言うのでしょうか」という台詞になってくる。自分のことばかり申して恐縮ですが、たとえ母に認めてもらえてもそこで一件落着とならない。なぜなら母の美しさに相応しいルックスの息子には決してなれないから。そこに拘泥せざるを得ないところが、異常でもあり、我ながら痛ましくもある。

 マザコンという言葉は、成人になってもなお、精神的に母親の支配ないしは母の価値観から逃れられない男(のありよう)ということですよね。幼い頃に母を亡くせば、逆説的に、その不在ゆえに母の支配や価値観を追い求めずにはいられない。母に認められ褒められることが生きて行くことの大前提となってしまえば、母を亡くしてもその呪縛はもはや強迫観念として持続してしまう。いずれにせよ、末井さんもわたしもマザコンのジャンルに属するのは間違いないでしょう。でもそれは恥でも何でもないと思いますけど。

 マザコンなるありようを鎮めたり、そこから逃走すべく、人は突飛な行動や馬鹿げた振る舞いを行います。ときにはマザコンにあえて耽溺するといった態度も含めて。どこか極端になりがちなのは、マザコンには根源的な要素が含まれているからでしょう。だからマザコンの他人を観察するのも、自分自身を眺めるのも、痛々しさとともに好奇心が刺激されてくる。マザコン案件には面白さと自虐とが混ざり込んでいて目が離せない。鬱屈しつつも、そんなふうに思わずにはいられません。

 女装については、紙数が尽きかけているので次回に書くつもりです。

文=春日武彦

1951年京都府生まれ。一人っ子。喘息持ち。甲殻類恐怖症。日本医科大学卒。産婦人科医として6年勤務するも、障害児を産んだ母親のフォローを契機に精神科医に
転向。都立精神保健福祉センター、都立松沢病院精神科部長、都立墨東病院神経科部長、多摩中央病院院長などを経て、現在も臨床に携わるいっぽう、講演や研修講師なども数多く勤める。著書には、『不幸になりたがる人たち』(文春新書)、『無意味なものと不気味なもの』(文藝春秋)、『幸福論』(講談社現代新書)、『老いへの不安』(中公文庫)、『鬱屈精神科医、占いにすがる』『鬱屈精神科医、お祓いを試みる』(太田出版)、『私家版精神医学事典』(河出書房新社)、『猫と偶然』(作品社)、『援助者必携・はじめての精神科(第3版)』(医学書院)等多数。


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