「美しすぎる母親」をもった精神科医を襲った“美醜の苦悩”! 蘇る母の性的な記憶とコンプレックス

 授業参観に来た母親が綺麗で目立っていた、と末井さんはお書きになりました。そこはわたしも同じです。誇らしく思うと同時に、綺麗で目立つ母に相応しいルックスの息子でなければならないという思いがわたしを支配することになったのでした。そうでなければ母に恥をかかせるじゃないか。

 小学校(東久留米市にあるJ学園)の1、2年生のときの思い出に、こんな話があります。同級生に一人の少年がいて(Tとしておきます)、彼はものすごく自分勝手で気分屋なのですね。ガキであることを割り引いても、我が侭の度合いが一線を越えている。今になって考えてみると、あれは必ずしも性格の問題ではなかったのかもしれない。ひょっとしたらTには発達障害的なニュアンスがあったのかもしれません。いずれにせよ、彼といると必ず腹が立つ。さもなければ当惑させられる。ならば交流を断てば良いわけですが、電車通学で同じ駅を使っていたこととTは学校でも孤立していたせいで、何となく疎遠になるのも憚られたのでした。

 Tは勉強も振るわず、絵を描かせれば壁紙みたいに同じモチーフを単調に繰り返すような奇妙な作品を作り出したり(それがユニークさにはつながらず、本当に退屈で空疎なのです)、といった調子で先生も手を焼いていました。さらに付け加えれば、彼の顔立ちはわたしに負けず劣らず不細工だった。しかも我が侭さがそのまま顔の造形に反映していて、何だか相手を苛立たせるようなところがある。既にその頃はわたし自身、自分の顔に劣等感を抱いていましたから、Tと一緒にいるのは不細工コンビみたいで嫌で仕方がありませんでした。

 2年生のとき、担任の先生が、「今日からT君は姓が○○となります」と発表しました。Tの母が彼を連れて離婚し、念願の再婚を果たしたからなのでした。いきなり姓が変わるなんて、多羅尾伴内の七変化みたいだなあと能天気な感想を持ったものです。

 Tの母は大変な美人でした。悔しいことに、わたしの母より美人だった。しかも多情な人だったらしい。女優の安西郷子(1934~2002)に似た、ハーフっぽい女性でしたね。すなわち、彼女はTと全然似ていない。その落差がもたらす切なさに関しては、わたしも大いに共感せざるを得ませんでした。そこがまた腹立たしくもあった。

 時代は昭和三十年代前半です。まだ米軍の占領下といった雰囲気がどこか漂っていた(近くにジョンソン基地があったので、なおさらです)。Tの母と再婚した相手は、軍属の若くてハンサムな男性でした。なぜそんなことを知っていたのかと申しますと、Tの新しい父が黒いビュイックを運転していて、ある日、学校から家まで送ってくれたからです。助手席にはTの母が座り、不思議なことにTは乗っていませんでした。それなりの単純な理由があったのでしょうが、とにかくT抜きでわたしは彼の両親の乗るぴかぴかの自動車の後部座席に腰を下ろすことになりました。何だかTを出し抜いたような、あるいは仲間外れにしたような気まずさがありましたが、ビュイックの新車の魅力には勝てなかったわけです。

 前部座席(ベンチシートでした)でハンドルを握るTの父と、寄り添うように座る母。まさに美男美女の組み合わせである二人が、互いに恋愛感情の真っ直中にいるのはわたしにも分かりました。愛の熱気と美男美女が醸し出す優雅さ、光輝くアメリカ車の力強さ、米軍関係の仕事で大いに儲かっているらしいことに由来する自信――それらがわたしを圧倒した。同時に、これから先、Tはまぎれもなく両親にとって厄介な存在として生きて行かねばならないだろうなと直感されました。虐待を受けるわけではなくても、きっとTは居たたまれない気持ちに追い込まれるであろう、と。

 わたしは引っ越しによって通学が困難になり、3年生からは区立の小学校に転校しました。もともと浮世離れしたわたしの性格が、いささか特異な教育環境であったJ学園によってますます非現実的になっていったのを両親が危惧した可能性もあります。いずれにせよわたしは転校した。聞くところによれば、Tも学力不足を理由に学園から追放されたようでした。

 勝手な想像をしてみるなら、その後のTはさまざまなハンディを抱えたまま苦難の人生を送らざるを得なかったのではないか。そうした苦難の中には、自分が美男美女の両親には似つかわしくない子どもであるといった劣等感も確実にあったでしょう。わたしよりも遙かに辛かったと思う。現在、Tが(もし生きていれば)どんな人物になっているかは気になります。興信所に依頼してみようか、なんて本気で考えたことすらあります。でもT本人とは会いたくない。何か目を逸らしたいものを拡大して見せられそうな予感があるからです。

 でもTに、あの母親に対する心情だけは教えてもらいたい気がします。

 あ、書き忘れていましたが、意外なことにわたしの母はTの母に対して好意的な感情を抱いていたようです。あまりにもフリーダムなところに反感を抱いてもおかしくなかったろうに、周囲から浮いてしまう美人の母親という立ち位置に仲間意識に近いものを感じていたのかもしれません。

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