「自分と“本当に同じレベルの顔”の女を見たらどうする?」精神科医・春日武彦の悩み&猫と母のコンプレックス

 猫が窓から外を眺めているときがありますが、「ああ、外に出てみたい。家の中に幽閉されているなんて理不尽だ」なんて悶々としているようには見えないし、3分もしたらリビングの定位置に戻って寝ていたりします(諦観の域に達しているからかもしれませんけれど)。あるいは、家具を丘や山に見立ててでしょうか、家の中を暴走族さながらに駆け抜けるのを繰り返すことがあります。わたし自身が腹這いになって猫の目線で家の中を眺めてみると、邪魔だと思っていた家具も下をすり抜ける余地があったり、実際には案外広い世界が広がっているようにも見える。

 いささか自己正当化をいたしますと、〈ねごと〉君にはこの家を、無慈悲な大洋を漂流しているうちに運良く流れ着いた「絶海の孤島」と思っていただきたい(毒キノコが見る夢の中で生きてみたり、いろいろ忙しいですね)。そしてわたしは同様に島に漂着した船医とでも思って欲しい。狭い島だが何とか水も食糧も調達出来る。危険な生き物もいないようだ。気候も峻烈ではない。滑稽なことに、わたしは「原稿を書く」と称して空き瓶に手紙を封じ込めては海に投げ込んでいる。どうせ何の反応もないだろうけれど、まあ一抹の希望にはなるかもしれない。あとは仲良くこの島で暮らしていこう。そんなイメージで〈ねごと〉君と一緒に居るので、悩む割には、あまり罪悪感はないのです。

行き倒れた男と、困り顔の猫(撮影 春日日登美)

 前回、女装のことを話しますと書いたので、ここに述べさせていただきます。

 世間一般において、多くの男性は「え、女装? そんなの冗談じゃないよ~」などと言いつつも、宴会の余興か何かで女装を余儀なくされると結構乗り気になりがちのようです。化粧をしてみたら、案外と美人になって周囲も驚いたというシチュエーションを期待しているような気がします。オレが女に化けてみたら、エラそうにオレを振った女よりよほど美人になったじゃねーか、みたいな結果を期待しているようでもある。梅沢富美男の化け具合から推測しても、妖艶な美人にならないわけがないなどと思っているのかもしれません。

 そういった点から、女装は男に残された最後の大いなる妄想と言えるのではないか。

 ではわたしにとって女装というのが何か特別な意味を持っているのか。

 母に釣り合うだけの美しい子どもでなくては、母に愛される資格はないというのがわたしにとってのヘヴィーかつシリアスな思いでありました。子ども時代を脱してもそのドグマは変わらず、内面が充実すれば顔は独自の魅力を発揮するようになるといった言説がいかにデタラメであるかを知るようにもなりました。たしかに母はわたしが不細工だからとわたしを忌避したりはしませんでした。が、こちらが美しかったら、より本気で愛してくれたのは間違いない。そこが悔しいし悲しい。

 顔の美醜が気になっていると、思い余ってろくでもないことを考えつきます。自分と同世代の男女がほぼ同数として、男女それぞれ美しい順から不細工まで一列に並ばせるとしましょう。そうなると究極の美男美女、さらには究極の不細工な男女を想定しなければなりませんが、そのあたりはとりあえず曖昧で構わない。とにかく美→醜へと一列に並ばせる(厳密なことは言わずに、大雑把に捉えてください)。当然のことながら、わたしも列のかなり後方に立つことになります。

 肝心なのは、そうやって一列に並んだときに、自分の真横――女性の列にわたしと同じ順位で立っている人物がいるわけで、その女の人は果たしてどんな外見なのだろうということです。つまり自分を女性に置き換えて客観的に眺めたらどんな感想が生じるかという興味ですね(ときにはあえて自分が20代とか30代だった頃、というふうに設定を変えてみることもあります)。

 おそらく自分の予想を微妙に裏切りそうな気はしますが、それが美の方向へずれるのか、それとも逆なのかが気になる。そうした想像を念頭に置いて、雑踏を歩いたり電車に乗っているときなどに女性の顔を観察するのです。そうしますと、「ああ、この女性はオレの隣に立つことになりそうだな」などと思える人が必ず見つかります。これはなかなか複雑な味わいをもたらします。長ネギが突き出た買い物袋なんかをぶら下げていたら、そうした佇まいも含めて女性版の自分を眺めることになる。しかも日によって自己評価は結構変動しますから、「隣の女」は美人度というか不細工度がかなり上下する。そうしたいい加減さも楽しみのうちです。もしも「隣の女」とセックスをすることになったら、いやに気持ちがリラックスして楽しめるのか、逆にスリルも驚きもない退屈な性交に終わるのだろうか、などと愚かしいことまで空想してしまいます。

 このシミュレーション遊びはかなり前から秘密のうちに行ってきましたが、今ここで考えてみますと、結局これは女装した自分を見てみたいという気持ちに似ているのかもしれない。そしてもしわたしが女装を実行してしまうと、今述べたシミュレーション遊びがもはや出来なくなってしまいそうです。それはちょっとつまらんなあ、というのが正直なところです。

人気連載

現実と夢が交差するレストラン…叔父が最期に託したメッセージと不思議な夢

現実と夢が交差するレストラン…叔父が最期に託したメッセージと不思議な夢

現役の体育教師にしてありがながら、ベーシスト、そして怪談師の一面もあわせもつ、う...

2024.11.14 23:00心霊
彼女は“それ”を叱ってしまった… 黒髪が招く悲劇『呪われた卒業式の予行演習』

彼女は“それ”を叱ってしまった… 黒髪が招く悲劇『呪われた卒業式の予行演習』

現役の体育教師にしてありがながら、ベーシスト、そして怪談師の一面もあわせもつ、う...

2024.10.30 23:00心霊
深夜の国道に立つ異様な『白い花嫁』タクシー運転手が語る“最恐”怪談

深夜の国道に立つ異様な『白い花嫁』タクシー運転手が語る“最恐”怪談

現役の体育教師にしてありがながら、ベーシスト、そして怪談師の一面もあわせもつ、う...

2024.10.16 20:00心霊
“包帯だらけで笑いながら走り回るピエロ”を目撃した結果…【うえまつそうの連載:島流し奇譚】

“包帯だらけで笑いながら走り回るピエロ”を目撃した結果…【うえまつそうの連載:島流し奇譚】

現役の体育教師にしてありがながら、ベーシスト、そして怪談師の一面もあわせもつ、う...

2024.10.02 20:00心霊

「自分と“本当に同じレベルの顔”の女を見たらどうする?」精神科医・春日武彦の悩み&猫と母のコンプレックスのページです。などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで