権力と経済、コロナは風邪の人と恐れる人、陰謀論とフェイク…コロナで顕在化した問題を“マルチスピーシーズ人類学”で読み解く

 前編に続き、『コロナ禍をどう読むか 16の知性による8つの対話』(亜紀書房)を取り上げる。この本は、新型コロナウイルスを人獣共通感染症として捉え、ヒトと動物の境界線を取り払った生物学的進化論的視点、人類創世ばかりかビッグバンにまで立ち返る大きな歴史観から読み解いていこうとしている非常にユニークな“コロナ本”である。

「マルチスピーシーズ人類学」というひとつの新しい学問の潮流をベースとして生まれたもので、その研究会を主宰する奥野克己氏と近藤祉秋氏をはじめとする、人類学、哲学、文学、歴史、アート、精神分析、科学史など、異なるジャンルの16人の専門家たちによる8つの対談から構成されている。ここで語られるコロナ時代を生き抜くヒントとは何か? HAGAZINE主宰にして企画編集の辻陽介氏に聞いた。

画像は「Amazon」より引用


ーー前編では、人獣共通感染症としての新型コロナウイルスという視点から、パンデミックを考えるとはどういうことかを具体的に解説いただきました。後編では、多岐に渡る論点をどうやって私たちの生活に活かしていくのか、コロナ時代の知的サバイバル本として掘り下げたいと思います。早速ですが、前編に続き、TALK07では辻村伸雄さんと石倉敏明さんの対談で、ビッグヒストリーの話からの導入になります。

辻陽介氏(以下、辻)「辻村さんがご専門にされているビッグヒストリーは、マルチスピーシーズ人類学と共鳴するところがたくさんあるように感じています。ヒストリーというとまず思い浮かべるのは人間の歴史ですよね。しかし、ビッグヒストリーでは宇宙のはじまり、生命のはじまり、人類創世から現在に至るまでの様々な変革を一望する物語を編むことで、今日の世界をもう一度見ていこうとしています。ビッグヒストリーという語の提唱者のデヴィッド・クリスチャンは著書『オリジン・ストーリー』(筑摩書房、2019年)でまさにクリスチャン版の起源譚を綴っていて、対談でも取り上げられていました」

画 大小島真木

ーービッグヒストリーのなかで、パンデミックはどのような位置付けになるのでしょうか?

「そこに関しては、先日HAGAZINEに掲載された巨大ウイルス学者の武村政春さんの記事が参考になるように思います。この記事は辻村さんも関わっている桜美林大学のビッグヒストリー研究会のゲスト講義を元にしたものですが、この講義において武村さんはウイルス史観の立場から、ウイルスがいたから我々は哺乳類にまで進化することができたのではないかという仮説を解説してくれています。武村さんの話などを聞くと、人類とウイルスが、決して対立的な関係ではなく、むしろ相互依存関係にあることがわかります。ダーウィン以降、親から子へと受け継がれる垂直伝播ばかりが議論されてきたけど、実は一方に水平伝播という横に広がる遺伝子の伝播もあります。武村さんによれば、それがウイルスによって行われるそうなんです。そう思うと、ウイルスに感染すること自体が新しい情報の交換であり、進化なんですよね」

ーーTALK08は塚原東吾さんと平田周さんの対談でした。ローカル/グローバルやコロンブス的交換がキーワードになっています。

「『コロンブス的交換』とは、アルフレッド・クロスピーが『史上最悪のインフルエンザー忘れらたパンデミック』(みずす書房、2004年)で提唱している言葉で、コロンブスは南米に天然痘をばら撒いた張本人であると同時に、梅毒をヨーロッパに持ち帰っています。21世紀に多くの人獣共通感染症が発生している端的な要因もグローバリゼーションだと言えますよね。ヒトもモノもカネも価値観も自由に、そして過剰に行き交う世界では当然、ウイルスも自由かつ過剰に行き交うわけですから。こうしたグローバリゼーションの負の効果からパンデミックが発生したというのに、それを乗り越えるためにグローバルな連帯を訴えるというのは、ちょっとどうなんだろうと思いますね」

ーーキッチンサイエンストスという言葉が登場し、そこから科学批判についても議論されました。

「塚原さんは科学史を専門とする立場から、世界的ベストセラー『サピエンス全史』(河出書房新社、2016年)で知られるユヴァル・ノヴァ・ハラリを痛烈に批判し、ハラリが国際的な連帯や科学者への信頼を語っていることを疑ってかかっています。たとえば、科学者にお金を渡してワクチン作ってくださいと一任してしまって、それでいいのかというわけです。現代の科学研究には膨大なお金がかかります。ですから、その成果を享受できるかどうかも平等ではないだろうと。とはいえ、バイオテクノロジーのジャンルなどでは、キッチンサイエンティストと呼ばれる市民科学者たちの活躍も見逃せないと指摘しています」

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