沖縄に伝わる「耳切坊主の呪い」とは? 怪談作家・小原猛インタビュー(前編)
9月29日発売の『沖縄怪談 耳切坊主の呪い』(竹書房)の著者、小原猛氏にインタビューを敢行。前編では、著作のタイトルにもある「耳切坊主」について詳しくうかがった。
——『耳切坊主の呪い』、読んでも呪われませんか?
(小原猛氏、以下小原) そもそも、そんな話ではないんで(笑) まず耳切坊主は「ミミチリボージ」って読むんです。この話は18世紀に編纂された琉球王府の歴史書『球陽』の別巻『遺老説伝』(いろうせつでん)に収録されています。『遺老説伝』は当時の風俗や習慣、沖縄版「浦島太郎」も伝えています。
その中のひとつ「黒金座主(くるがにざーし)」は、こんな話です。琉球王府の北谷王子(ちゃたんおうじ)が、狼藉をはたらく妖術使い・黒金座主を討伐に向かった。妖術で迎え討たんとする黒金座主、刹那、北谷王子は短刀で彼の耳を切り落とし、腹を貫いて倒した。
一件落着もつかの間、北谷王子の屋敷付近では、耳から流血しながら大鎌を持つ謎の坊主が現れて、子どもの耳を切り取った。また北谷王子の家系では、男児が生まれるたびに、まるでペストに罹ったように黒く変色して死んでしまった。
人々は黒金座主の名を避けて「耳切坊主」と呼んで恐れた。また北谷王子の家系では「ウフイナグが産まりとんどー!(大女が産まれたぞ!)」と怒鳴りながら集落中を走り回ることで男児への呪いを回避するようになった。
——ヤバイ話じゃないですか……
(小原) 沖縄では大変有名な話です。しかし、調べてみると呪僧「黒金座主=耳切坊主」の別の姿が見えてくる。黒金座主も北谷王子もモデルとなった人物がおり、歴史的に実在していた。では、その本当の姿はどうか。どうやら黒金座主は、元々は民衆のヒーローだった。
しかし当時の琉球王府は、そんな彼の存在が疎ましかった。琉球王府の繁栄は、つねに中国と日本、大陸と列島の支配者の影響下において、卓越した政治的手腕で漁夫の利を得るところにあった。当然、北谷王子と黒金座主の時代もそうです。おそらく、親中国派と新日本派のはざまで抗争に巻き込まれて処刑されたのが「黒金座主=耳切坊主」ではないか。
現在では黒金座主は悪役として描かれますが、事実、「黒金座主に助けられた人」の子孫が来られて、その家系の口伝を教わりました。口伝によれば、黒金座主は、まさしく民衆を助けるヒーローです。
——それは意外でした! 「耳切坊主」の童謡もあるとか?
(小原) 「耳切坊主」について知らせる作者不明の歌ですよね。沖縄ではバンドや唄者が現代風にアレンジして今でも歌われています。
大村御殿の角に、耳切坊主が立っている。
何人も立っている。三人、四人と立っている。
子どもの耳をグスグスと切る。
ヘイヨー、ヘイヨー、泣かないよ。
「心海上人の子孫たち」という話に書きましたが、この歌の作者だという人々がいます。心海上人は、黒金座主の弟子です。正史では、心海上人に子孫はいない。しかし、その家系には、心海上人の弟子のひとりが子孫であり、先祖とその師・黒金座主の無念をはらすため、復讐として、この恐ろしい童謡を広めたという口伝が残っている。
しかも心海上人の子孫たちは、北谷王子の末裔を監視している、と。一度、両者がすれ違った際には「靴を脱いで塵をはらう」仕草をしたとも聞きました。それは心海上人の子孫に伝わる「悪魔と出会ったら、草履の塵をはらえ」という、呪いのような風習だそうです。そして北谷王子の末裔は、現在でも、その呪いを祓うためにある方法を行っていると。
——耳を切る、足の塵をはらう、聖書との類似を感じます。
(小原) キリスト磔刑前夜、ペテロが兵隊に切りかかって耳を落とした、また、福音を聞かない街からは足の塵をはらって出ていく。そんな話が聖書にありますね。聖書と沖縄の神話に類似を見出した有名なユタにも会いましたよ。強力なユタの家系に生まれたのに、のちに彼女は牧師になりました。古宇利島チグヌ浜の男女の話は「アダムとイブ」によく似ていますし。沖縄はいろいろなものが混ざるんです。人間と神が、歴史・神話と21世紀が、陸続きなんですよ。
後編へ続く(30日17時公開予定)
小原猛
1968年、京都生まれ。2011年、「琉球怪談」(ボーダーインク)で怪談作家デビュー。著書多数。映画・ドラマの設定/脚本協力など幅広い仕事を手掛ける。沖縄の歴史と神話、現在の事件・事故まで「怪談」の観点から紹介。地道で綿密な取材は「沖縄怪談の第一人者」と呼ばれるほどに定評がある。Twitter:@damdambooks
※ 本記事の内容を無断で転載・動画化し、YouTubeやブログなどにアップロードすることを固く禁じます。
関連記事
人気連載
“包帯だらけで笑いながら走り回るピエロ”を目撃した結果…【うえまつそうの連載:島流し奇譚】
現役の体育教師にしてありがながら、ベーシスト、そして怪談師の一面もあわせもつ、う...
2024.10.02 20:00心霊沖縄に伝わる「耳切坊主の呪い」とは? 怪談作家・小原猛インタビュー(前編)のページです。沖縄、伝承、インタビューなどの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで