苦痛のあまり被験者発狂…「最悪の人体実験」はなぜ行われた? ナチス軍医ラッシャーの狂気と末路

苦痛のあまり被験者発狂…「最悪の人体実験」はなぜ行われた? ナチス軍医ラッシャーの狂気と末路の画像1画像は、「Mad Scientist Blog」より

 アドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツは、ユダヤ人などに対する大量虐殺(ホロコースト)だけでなく、非人道的な人体実験も繰り返した。

 人命を尊重すべき立場にある医師たちが、興味本位で無意味な実験を行い、生きている人間に苦痛を与えて死に至らしめた。このような狂気の医師の一人にジクムント・ラッシャーがいる。

約80人が死亡した「低気圧実験」

 戦闘機のパイロットが受ける大気圧の影響は航空医学の重要テーマの一つである。このテーマについてはドイツ空軍も関心を寄せていた。というのも、機密偵察任務のために45,000フィート(約13,000メートル)の高さから戦闘機を急降下させる必要があったためである。しかし、研究倫理や人命尊重の理念から研究が進んでいなかった。これを覆したのがナチス親衛隊の医師で空軍軍医でもあった、ジクムント・ラッシャーだった。

 ラッシャーの「低気圧実験」と呼ばれる人体実験では、さまざまな高度において大気圧が人体に及ぼす影響がシミュレートされた。圧力をすばやく、もしくはゆっくりと変えることで、戦闘機の緩やかな上昇から急速な自由落下まで、さまざまな状況を再現した。

 通常の自由落下実験では空軍のボランティアが被験者となるが、特定の高度に達すると、仮に命に関わらないにしても危険である。そのため、実験を行うのは困難を極める。ラッシャーはダッハウ強制収容所の収容者を被験者とすることで、人体への安全性の限界をはるかに超える高さからの降下をシミュレートした。

苦痛のあまり被験者発狂…「最悪の人体実験」はなぜ行われた? ナチス軍医ラッシャーの狂気と末路の画像2画像は、「Mad Scientist Blog」より

 ラッシャーらの報告で詳述されている典型的な実験では、被験者は酸素の薄い47,000 フィートの高さから落下させられたという。ラッシャーの助手だったアントン・パチョレッグは次のように語った。

「私は部屋の観察窓を通して、肺が破裂するまで真空にさらされている囚人の様子を直接見ました。ある実験では、頭に圧力がかかった男性が、発狂し、髪を引き抜いて(苦痛を)和らげようとしました。彼らは頭と顔を爪で引き裂き、狂乱の中で自分自身を傷つけました」(パチョレッグ)

 この研究の実験の被験者約200人のうち、約80人が激しい痛みを伴う心臓と脳の塞栓症、さらにはくも膜下出血によって死亡した。

全裸女性に性交させた「低体温実験」

 ラッシャーの狂気の人体実験には他に、極寒の海に落ちたパイロットを救出できるかどうかを調べる「低体温実験」がある。この実験では、被験者を氷点下の冷水に最大3時間に浸からせた後、さまざまな手段で彼らを蘇生させようとした。ランプやシーツ、熱湯などにとどまらず全裸女性も利用された。凍死寸前の被験者に全裸女性を抱きつかせたのである。ラッシャーは、熱湯が最も効果的であるが、性交も比較的効果的であると述べている。

 この実験では被験者の多くが凍死し、死者数は約90人とされる。戦後、低体温実験のデータは、医療倫理学者や低体温症の研究者によって有用であると認定された。倫理的な問題はあるものの、米国政府はラッシャーの研究、さらにはナチスの科学全体を重視した。ドイツ人の優秀な科学者をドイツからアメリカに連行した「ペーパークリップ作戦」では、戦後1年間で約800人のドイツとオーストリアの科学者が渡米した。

 宇宙医学のパイオニアであるヒュベルタス・シュトルークホルトは、ドイツ空軍の航空医学研究所の所長を務めていたが、後に米空軍向けに独自の圧力実験を行って宇宙服の開発に寄与した。彼はラッシャーの実験結果に関心を示していたといわれる。

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