亡き作曲家の「脳」が奏でる音楽? 死後3年、驚愕のアートが出現

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イメージ画像 Created with AI image generation (OpenAI)

 音楽とアートの境界を探求したアメリカの実験音楽家、アルヴィン・ルシエ。ウェズリアン大学で長年教鞭をとり、2011年に退官した後、2021年に90歳でこの世を去った。しかし、彼の生涯にわたる音楽の旅は、そこで終わりを迎えたわけではなかったのだ。

 今月初め、西オーストラリア美術館で公開された「Revivification(再活性化)」と題された新たなアートインスタレーション。そこでは、亡きルシエの「脳の物質」、正確には彼の細胞から培養された脳組織が、電極メッシュを通じて20枚の大きな真鍮のプレートに接続されている。そして、その脳組織が発する電気信号が、マレット(槌)を作動させてプレートを叩き、一種の「死後の音楽」を奏でているのである。この驚くべきプロジェクトは、ルシエ自身が生前に関与し、彼の協力のもとに構想されたものだ。

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アルヴィン・ルシエ By Non EventAlvin Lucier, CC BY-SA 2.0, Link

細胞から生まれた「ミニ脳」が音楽を生む仕組み

 このインスタレーションを実現するため、アーティストたちはハーバード大学医学部の研究者たちの協力を仰いだ。研究チームは、ルシエの白血球から「ミニ脳」とも呼ばれる「脳オルガノイド」を培養した。まず、白血球からiPS細胞のような多分化能(様々な種類の細胞に変化できる能力)を持つ幹細胞を作成し、それを培養することで人間の脳が発生する過程と似た形で脳オルガノイドへと成長させたのだ。

 この脳オルガノイドを電極網に接続し、そこから生じる電気信号を読み取る。その信号がトランスデューサー(信号変換器)やアクチュエーター(作動装置)を介してマレットに伝えられ、インスタレーション全体に配置された真鍮プレートを叩く。こうして、亡き作曲家の細胞が、物理的な音を生み出すのである。

AI時代の問いかけ:創造性、記憶、そして「死後」の存在

「生成AIが人間の主体性を問い直している今、このプロジェクトは創造性や芸術的独創性の源泉を探るという課題を探求するものです」と、「Revivification」の制作チームは美術メディア『The Art Newspaper』に語っている。「これは死という最終的なものと思われたものを超えて、人の存在を拡張するという、時に暗い可能性もはらむテーマに光を当てようとする試みなのです」。

 すでに、大規模言語モデル(LLM)などのAI技術の発展により、死後も「生き続ける」故人のデジタルな再現が試みられている。科学者たちは、生物と人工知能が現実を共有するハイブリッドな意識の可能性や、私たちの意識をコンピューターにアップロードする方法(もし意識が純粋に計算可能だと判明すればだが、これについてはまだ結論は出ていない)を探求してきた。「Revivification」が投げかけるより深い問いは、単なる技術の未来についてではなく、記憶という捉えどころのない性質や、人間であることの意味そのものに向けられている。

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左から:神経科学者のスチュアート・ホッジッツ氏、アーティストのガイ・ベン=アリー氏、ネイサン・トンプソン氏、マット・ギンゴールド氏。2021年にアルヴィン・ルシエ氏が亡くなる前にこのプロジェクトを立ち上げた。 画像は「The Art Newspaper」より

「ミニ脳」に意識はあるのか? 細胞に宿る記憶の可能性

「私たちが人々に問いかけたい中心的な疑問は、『この生物学的な変容を経ても、記憶のかけらは残り得るのだろうか? ルシエの創造的な本質は、彼の死を超えて持続できるのだろうか?』ということです」と、制作チームは語る。

 もちろん、この「ミニ脳」が90歳の芸術家が持っていたような複雑な意識を持っているわけではない。しかし、神経科学者や生物学者たちは、脳オルガノイドがどのような「経験」をしているのか、あるいは、これらの単純な生物学的構造物が一種の意識を持ち得るのかどうかについて、思索を巡らせてきた。さらに踏み込んで、個々の細胞自体が、私たちが通常「意識」として理解するものとは異なるとしても、何らかの形の意識を持っていると考える生物学者もいる。

死後も“存在”は続く? 問いは科学の最前線へ

 この脳オルガノイドが音楽を奏でる際にどのような「経験」をしているのかを知る術は、私たちにはない。しかし、一つ確かなことがある。それは死を超えて存在が続くという問いが、もはや単に精神的、あるいは宗教的な領域だけのものではなくなったということだ。科学技術の進歩は、生命と死、そして意識の境界線そのものを私たちに問い直させようとしているのかもしれない。

参考:Popular MechanicsThe Art Newspaper、ほか

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文=深森慎太郎

人体の神秘や宇宙の謎が好きなライター。未知の領域に踏み込むことで、日常の枠を超えた視点を提供することを目指す。

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