英国史に刻まれた悲劇「ペット大虐殺」― なぜ75万匹の愛する命は飼い主の手で殺されねばならなかったのか

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 第二次世界大戦が勃発した1939年、英国では銃声が鳴り響く前に、静かな、しかし大規模な殺戮が始まっていた。その犠牲となったのは、敵国の兵士ではなく、国民が愛した75万匹以上ものペットたちであった。

 これは「英国ペット大虐殺(The Great British Pet Massacre)」として知られる、戦争がもたらした人々の混乱と悲劇を物語る、歴史の片隅に追いやられた痛ましい出来事である。

「殺処分は親切な行為」― 政府の呼びかけが招いたパニック

 なぜ、このような悲劇が起きたのか。発端は、戦争の足音が迫る中、英国政府が設立した「国家空襲予防動物委員会」の決定にあった。委員会が懸念したのは、戦争による食糧配給が始まった際のペットの処遇であった。人々が貴重な配給食をペットに分け与えるか、あるいは飢えさせてしまうのではないか。

 どちらの選択肢も避けたいと考えた委員会が導き出した結論は、驚くべきものだった。「ペットを殺処分することが、最も親切な行為である」と国民に促したのである。

 政府が配布したパンフレットには、「ペットを田舎に疎開させることができないのなら、殺処分してあげるのが本当に一番親切です」と記されていた。しかし、そのメッセージを台無しにするかのように、向かいのページには「家畜を人道的に殺処分するための標準的な器具」と銘打たれたボルトガンの広告が、堂々と一面を飾っていた。

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小冊子『動物飼育者に対する助言』|出典:National Archives(画像)|ライセンス:CC BY-SA 4.0Wikimedia Commons

動物病院にできた長い行列

 そして戦争が布告されると、ペットの飼い主たちは政府の呼びかけに「忠実」に応じた。愛するペットをその手に抱き、殺処分してもらうために動物病院や保護施設の前に、何万人もの人々が長い列をなしたのである。

 ある動物愛護団体の創設者は、当時をこう振り返っている。「この不幸な義務を遂行した我々の技術担当官たちは、あの悲劇の日々を決して忘れることはないだろう」

 わずか1週間で、ロンドンのペットの4分の1にあたる40万匹以上の犬や猫が殺処分された。ある動物保護施設の前の行列は、半マイル(約800メートル)にも達したという。火葬場はペットの死体であふれかえったが、灯火管制のため夜間は稼働できず、処理は追いつかなかった。やがて埋葬地も尽き、ある一つの牧草地の下には、50万匹ものペットがまとめて埋められたと記録されている。

 人々は、国のために正しいことをしていると信じていた。しかし、この集団ヒステリーが異常であることに、社会が気づくのに時間はかからなかった。当時のタイムズ紙は、「単に生かしておくのが不便だという、取るに足らない理由で、多数のペットが殺され続けている証拠が日々報告されている。これは飼い主が動物への義務を理解していないことを示すものだ」と厳しく非難した。

 しかし、この狂乱の中で、すべての人が絶望していたわけではない。動物保護施設「バタシー・ドッグス・アンド・キャッツホーム」は、この流れに逆らい、戦争期間中に14万5000頭もの犬を懸命に保護し続けた。また、愛猫家として知られた公爵夫人ニナ・ダグラス=ハミルトンも、殺処分を残酷な行為だと訴え、自身の邸宅を動物たちのための聖域として提供したのである。

 皮肉なことに、最初のパニックを生き延びたペットの多くは、戦争が終わるまで飼い主と共に生き抜いたという。この事実は、75万匹もの命が、戦争への恐怖が生み出した一過性のパニックによって、あまりにもあっけなく奪われたことを静かに物語っている。

 人間の都合で終わらされた75万の命。このような理不尽な悲劇は、いかなる理由があろうとも、決して繰り返されてはならない。

参考:IFLScience、ほか

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