【TOCANA的UMAファイル #19】「雷獣」 ── 江戸の空から降ってきた獣、令和の国会で“答弁困難”に

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 雷が落ちると、獣が一匹いっしょに落ちてくる──江戸時代の日本人は、わりと本気でそう信じていた。困ったのは、落ちてきた“実物”の姿がまるで揃わないことだ。猫のようなもの、前足2本・後ろ足4本の狼のようなもの、蟹のハサミを持つもの、コウモリのような膜で空を飛ぶもの。そしてこの獣の正体をめぐる問いは、200年あまりの時を経て、とうとう国会にまで届いてしまった。

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基本データ

名前:雷獣(らいじゅう)。信州のものは「千年鼬(せんねんいたち)」の名で見世物にされたこともあった

生息地:ふだんは雷雲の中。落雷とともに地上へ降ってくるとされ、落下の記録は東日本を中心に各地に残る

初出:江戸時代の随筆や図譜に数多く記録されている

姿:体長60センチほどで仔犬かタヌキに似ており、尾が長い──というのが最大公約数。ただし記録ごとに驚くほど違う

由来:雷とともに天から降り、雷鳴に合わせて暴れまわる獣として恐れられた

事件簿

 享和元年(1801年)の初夏、芸州(現在の広島県)に雷獣が落ちて死んだ。江戸時代の記録によれば、蟹か蜘蛛を思わせる姿で、四肢は鱗のようなものに覆われ、その先端は大きなハサミ状だったという。大きさは、随筆『閑田次筆』に載る図では一尺四、五寸(約45センチ)、別の記録では約95センチ・重さ約30キロとされる。同じ一匹のはずが、倍以上も違うのだ。

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『奇怪集』に描かれた芸州の雷獣 – scanned from ISBN 978-4-309-22431-2., パブリック・ドメイン, リンクによる

 江戸後期には、元平戸藩主の松浦静山が随筆『甲子夜話』に、出羽国・秋田の雷獣の話を書き留めている。秋田は冬の雷が夏に劣らず激しく、雷が落ちるたびに猫のような獣が一匹いっしょに落ちてくる。ある日、秋田藩主の近習で乱暴な気性の男の家に雷が落ち、例によって雷獣がうろうろしていた。男はこれを捕まえ、煮て食ってしまったそうだ。肝心の味については、何も書かれていない。

 時代は下って明治42年(1909年)、富山県東礪波郡蓑谷村(現在の南砺市)で雷獣が捕獲されたと、地元紙『北陸タイムス』が報じた。猫に似た鼠色の獣で、前脚を広げるとコウモリのような膜が広がり、50間(約90メートル)以上も飛んだという。

ホントカナ?

 正体候補は昔から数多い。イタチ、テン、ムササビ、アナグマ、落雷に驚いて木から落ちたモモンガ──。なかでも大きさ、鋭い爪、木登りの得意さなど、特徴がいちばん重なるとされるのがハクビシンだ。

 ただ、この最有力候補には厄介な問題がある。日本でハクビシンが確実に記録されたのは、1943年の静岡県が最初とされる。北海道大学の増田隆一特任教授らの遺伝子解析では、日本のハクビシンは台湾から渡ってきた系統で、日本に来てからまだ日が浅いとみられている。それでも「江戸時代から日本にいた」とする説は根強く、その根拠のひとつに挙げられるのが、ほかならぬ雷獣の絵なのだ。雷獣の正体はハクビシンで、ハクビシンが江戸にいた証拠は雷獣──話がぐるぐる回り始める。

 この堂々巡りは、令和元年(2019年)5月、とうとう国会に持ち込まれた。ある衆議院議員が政府に質問主意書を提出し、江戸時代の雷獣図を一枚ずつ挙げて「いずれも明らかにハクビシンではない」のではないか、と見解を問うたのだ。内閣総理大臣名で返ってきた答弁書は、ハクビシンが「雷獣と呼ばれ、図画に描かれてきたとの考え」を環境省は有していないので、図画についてお答えすることは困難、というものだった。一方で同じ答弁書は、ハクビシンを「明治時代以前に導入された外来種」と整理している、とも述べている。それが江戸時代のことなのかどうかまでは、書かれていない。

 国は雷獣の正体を、肯定も否定もしなかった。蟹のハサミを持つ雷獣も、6本足の雷獣も、空を飛ぶ雷獣も、どの候補をひとつ当てはめても説明しきれないまま、いまも宙に浮いている。

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『玄同放言』に描かれた雷獣 – scanned from ISBN 4-12-204791-9, パブリック・ドメイン, リンクによる

TOCANA的まとめ

 雷はいつ、どこに落ちるか分からない。江戸の人々にとって、それは防ぎようのない天の気まぐれだった。だが雷に“体”があるなら話は別だ。捕まえることも、籠で飼うことも、見世物にすることも、煮て食べることさえできる。雷獣とは、手の届かない恐怖を、手の届く獣に置き換えてみせた発明だったのかもしれない。

 その“実物”には、いまも会うことができる。新潟県長岡市寺泊の古刹・西生寺には雷獣のミイラが寺宝として伝わり、宝物館で公開されている。牙をむいた猫のような姿だという。日本最古とされる即身仏を祀り、境内から日本海と佐渡を望めるこの寺で、江戸の空から降ってきた獣と向き合ってみるのも悪くない。

トリビア

 雷獣の好物は、なぜかトウモロコシだったらしい。『甲子夜話』によれば、画家の谷文晁は、雷獣を2〜3年飼っていた人物から「トウモロコシを好んで食べた」と聞いたという。さらに文晁は、落雷のそばにいて正気を失った人もトウモロコシを食べさせれば治ると語り、実際に様子のおかしくなったある武家の中間にトウモロコシの粉を食べさせたところ、正気に戻ったと記されている。雷獣も人間も、雷のあとはとりあえずトウモロコシなのである。

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