古代エジプトの神「トート」はなぜヒヒなのか? 12体の標本分析が解き明かしたマントヒヒの″銀色の毛と月光”の驚くべき相関関係

【知恵の神トート】ヒヒの毛は「月光と同じ色」だった!? 12体の標本を分光分析、古代エジプト人の直感が裏づけられるの画像1
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 古代エジプトの知恵と月の神トートは、トキの頭を持つ姿と、ヒヒの頭を持つ姿という2つの形で描かれる。

 トキの方は説明がつく。だが、ヒヒはエジプトに生息すらしていない外来の動物であり、なぜ神の姿になったのかは長らく最大の謎とされてきた。

 その謎に、博物館に眠る12体の標本を分光分析するという意外な角度から挑んだ研究が発表された。ヒヒの毛が反射する光は、月の光とほとんど同じ形のスペクトルを描いていたという。

「ヒヒ」だけが謎だった

 トートは魔術・知恵・書記、そして月を司る神で、聖なるトキ(Threskiornis aethiopicus)と強く結びついている。

 理由は分かりやすい。湾曲したくちばしは三日月そのものの形をしており、黒と白の羽は月の満ち欠けを思わせる。トートの呼び名のひとつ「Dhwty(ジェフティ)」が「白いもの/輝くもの」と訳されるのも、月光と同じ白さを持つこの鳥と重なる。

 問題はヒヒの方だ。ヒヒはエジプトの在来種ではなく、交易を通じて外部から持ち込まれたと考えられている。

 それにもかかわらず神殿の囲いで飼育・繁殖され、来世のためにミイラにされ、トート(時には神ハピ)の姿とされた。

 しかもヒヒは6種いるが、トートの「生きた似姿」とされたのは、アフリカの角とアラビア半島南西部に分布するマントヒヒ(Papio hamadryas)だけである。この種は雌雄差が極端で、成体のオスだけが銀色のマント状の体毛と白っぽい頬のふさ毛をまとう。

マントヒヒ Stavenn – 投稿者自身による著作物, CC 表示 2.5, リンクによる

12体の標本が示した「65%明るい銀色」

 ダートマス大学のナサニエル・ドミニー氏とセント・アンドルーズ大学のキャサリン・ホバイター氏は、この差に注目した。研究は学術誌「Time and Mind: The Journal of Archaeology, Consciousness and Culture」に掲載されている。

 用いられたのは、アメリカ自然史博物館が所蔵するヒヒの標本12体。マントヒヒとアヌビスヒヒ(Papio anubis)の体毛の反射スペクトルを計測し、月光のそれと比較した。

 月光はそのほとんどが太陽光の反射であり、満月でも太陽のおよそ40万分の1の明るさしかない。

 比較対象のアヌビスヒヒの体毛は、人間の目には緑がかった茶色に映る。対してマントヒヒの体毛は、それより65%明るかった。しかもスペクトルの形が異様なほど月光に近く、全体としてほぼ平坦なまま、可視域のほぼ同じ位置にピークを持っていたという。人間の目はこれを灰色や銀色として認識する。

 特に明るいのが、あの肩のマントと頬のふさ毛だった。その反射率は、光沢のある毛皮で知られるブラジルのゴールデンライオンタマリンさえ上回っていたという。

つまりマントヒヒの毛皮は、文字通り「月の色」をしていたことになる。

ゴールデンライオンタマリン Jeroen Kransen – Flickr, CC 表示-継承 2.0, リンクによる

「ヒヒの言葉を覚えれば、神々の言葉が分かる」

 古代エジプト人がこの動物に見ていたものは、色だけではない。

 夜明けとともに月が消えていくとき、ヒヒが頭を垂れるように見える仕草を、彼らは月の喪失を悼む所作と解釈した。特定の鳴き声はラーの太陽の船が月を追いやったことへの嘆きと読まれ、日食時の行動の変化も、月が太陽を覆ったことへの反応と受け取られた。

 ヒヒの言葉を習得した者は神々の言葉を解読できる、とも信じられていた。書記と言語をもたらしたのがトートであることを思えば、筋は通っている。

 北サッカラの「ヒヒの地下墓所」に葬られたメスタタトウミスという個体には、追悼文まで残されている。称号は「トートの聞く耳」。祈りを神に取り次ぐ地上の代理人、という位置づけだったとみられる。

 日本でも猿は神の使いとされ、日光東照宮の三猿も知られる。同じ猿でありながら、片や耳を塞ぎ、片や神の「聞く耳」を務めるというわけだ。

 研究チーム自身は、これで決着したとは考えていない。神々の動物形の多くは今なお解読不能であり、トートにおけるトキとヒヒの二重使用は「説明を拒んでいる」として、唯一の非在来種であるヒヒは依然として謎だとしている。

 毛皮の色が神格化の理由だと立証されたわけではない。ただ、月に頭を垂れる銀色の猿を見て「これは月の生き物だ」と結論づけた3000年以上前の観察が、現代の分光計が出した数値と一致したことは確かだ。

 神話を非科学的な空想と切り捨てる前に、古代人が自分の目でどれほど正確に世界を測っていたかを、もう一度疑ってみる価値はあるかもしれない。

参考:Popular Mechanics、ほか

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2024.10.02 20:00心霊

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