【TOCANA的UMAファイル #20】「エル・カデホ」 ── 酔っぱらいを家まで送り届ける魔犬は、なぜ死体を残さないのか

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 中米の夜道を、千鳥足の酔っぱらいが歩いている。その隣を牛ほどもある白い犬が黙ってついて歩き、戸口まで送り届けると、ふっと消える──そう語り継がれてきた。同じ夜道の暗がりには、炭のように黒い同じ姿の犬が待ち伏せているともいう。しかもこの怪物、仕留めたと思っても死体が残らないらしい。

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基本データ

名前:エル・カデホ(El Cadejo)。コスタリカなどでは「カデホス」とも呼ばれる

生息地:メキシコ南部から中米一帯(グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカなど)の夜道

初出:先住民の信仰とスペイン植民地時代の伝承が混ざり合って生まれたとされ、起源ははっきりしない

姿:牛や子牛ほどもある毛むくじゃらの犬。燃える炭のような赤い目、ヤギの蹄、引きずる鎖などが定番の描写。白いカデホは善、黒いカデホは悪とされることが多いが、グアテマラの一部では役回りが逆になるともいわれ、灰色のカデホまで登場する

由来:神が人を守るために白いカデホを造り、それを妬んだ悪魔が黒いカデホを造った──という伝承が、エルサルバドルやホンジュラス、グアテマラに伝わる

事件簿

 古い記録のひとつが、1891年にアメリカの民俗学誌に載ったニカラグアの報告だ。それによればカデホは大きな黒い犬に似た生き物で、ぎらつく大きな目を持ち、胸には長くもつれた白い毛の斑がある。現れるのは明け方近くの夜道で、墓地のそばが多い。手を出さなければ襲ってはこず、道の真ん中を旅人の先に立って、おとなしく小走りしていくだけだ。ただし、その姿を見た者か家族には、必ず死か不幸が訪れる。この報告には、酔っぱらいを守る白いカデホはまだ出てこない。

 1930年には、のちにノーベル文学賞を受けるグアテマラの作家ミゲル・アンヘル・アストゥリアスが「カデホの伝説」を書いた(邦訳『グアテマラ伝説集』所収)。舞台は古都アンティグアの修道院。物語の終盤に現れるカデホは、ヤギの蹄、ウサギの耳、コウモリの顔を持つ「長い獣」だった。もはや犬ですらない。

 そして2017年1月、グアテマラ西部コアテペケの集落で、住民たちが「カデホを仕留めた」と信じる出来事が起きた。地元紙プレンサ・リブレによると、集落では半月ほど前から犬や家禽が殺され、何者かが家に入り込む被害が続いていた。住民たちは夜通し力を合わせてその動物を仕留め、ある住民は、そいつが「形も大きさも色も変えた」と語ったそうだ。だが国家保護区審議会(CONAP)が確認したところ、亡骸はキンカジューだった。果物や鳥の卵、昆虫を食べる体長50センチ前後の樹上の動物で、生物学者は人にも家禽にも危険はないと説明している。

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キンカジュー Kalamazoo Public Library – https://www.flickr.com/photos/kalamazoopubliclibrary/22985770100/, No restrictions, リンクによる

ホントカナ?

 正体候補としては、まず夜道で出くわした野犬や、見慣れない夜行性動物の見間違いが挙がる。コアテペケの一件は、まさにこのパターンに見える。夜更けの道を歩くのが、たいてい酒の入った帰り道だったという事情もあるだろう。民俗学の側からは、人には守護の動物霊がつくという先住民の信仰が、キリスト教の善悪観と溶け合って生まれた存在だとする見方も出ている。

 だが、カデホの伝承には、こうした説明を寄せつけない奇妙な決まりがある。カデホを殺すと、その体は数日のあいだ悪臭を放ったのち、跡形もなく消えるというのだ。グアテマラには、殺せるのは白と黒の混血である灰色のカデホだけで、その体も数秒で溶けてしまう、という版まである。

 これを額面どおりに受け取ると、困ったことになる。コアテペケの亡骸は消えず、専門家の手でキンカジューと鑑定された。伝承の側から見れば、あれは消えなかった時点でカデホではなかったことになる。本物のカデホは死体を残さない。捕まえて調べられたものは、調べられた瞬間に「カデホではないもの」に変わってしまう。手を出さなければ道の先をおとなしく歩くだけ、という1891年の報告と重ねると、カデホとは、確かめようとしないかぎりそこにいて、確かめた途端にいなくなる生き物なのかもしれない。おまけに白が善、黒が悪という色分けすら、土地によってはひっくり返る。夜道で隣を歩く犬が守り神なのか死神なのか、見分ける方法は最初から用意されていないのだ。

TOCANA的まとめ

 カデホがこれほど長く語り継がれてきたのは、きっと夜道を一緒に歩いてくれる怪物だからだ。祭りや酒場からの帰り道は長く、暗い。そこへ「ちゃんと家まで送ってくれる白い犬」と「道を外れた者をこらしめる黒い犬」が並んで現れる。怖がらせながら、見守ってもくれるのである。

 エルサルバドルの首都サンサルバドルでは2013年、その名を冠したクラフトビール醸造所「カデホ・ブルーイング・カンパニー」が開業した。醸造所の紹介文では、善いカデホは「泡のように白い」と書かれている。酔っぱらいの守り神の名を、ビールが背負っているわけだ。一方、グアテマラ生まれの画家カルロス・ロアルカ(1937〜2021)はカデホを生涯のモチーフとし、絵を描くことが酒への依存を乗り越える助けになったと語っていた。飲む人の隣にも、やめようとする人の隣にも、この犬はいる。

 捕まえれば消えてしまう怪物は、捕まえなければずっと隣を歩いてくれる。中米の夜道は、百年以上前からそういう犬と一緒に歩く道なのだ。

トリビア

「カデホ」は、もともと怪物の名前ではない。スペイン王立アカデミーの辞書を引くと、第一の意味は「ひどくもつれていて、ほどいて梳かすために分けた髪の部分」。1891年の報告も、胸のもつれた長い毛が名前の由来だと注記している。中米の夜を震え上がらせてきた魔犬の名は、日本語にすれば「もつれ毛」くらいのものなのである。

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