「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリ、犠牲者650人の伝説と”逮捕時の遺体は1体”の謎 —— 稀代の殺人鬼か、陥れられた女領主か

「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリ、犠牲者650人の伝説と"逮捕時の遺体は1体"の謎 —— 稀代の殺人鬼か、陥れられた女領主かの画像1
イメージ画像 Created with AI image generation

 歴史上には「稀代の殺人鬼」と呼ばれる人物が数多く記録されているが、その中でも際立って凄惨な伝説を背負っているのが、16世紀末から17世紀初頭のハンガリー王国に実在した貴族女性エリザベート・バートリだ。

 彼女は若い女性や少女を城に招き入れては拷問し、命を奪っていたとされ、その血で入浴していたという噂まで広まった。この噂こそが、後世に伝わる「血の伯爵夫人」という異名の由来だとされている。

 だが、犠牲者は650人にも及ぶとされる一方で、逮捕の際に城内で確認された遺体は1体だけだったという事実は、あまり知られていない。

富と権力を握った貴族、チャフティツェ城の女主人

 エリザベート・バートリは1560年、ハンガリー王国屈指の富裕な貴族の家に生まれた。若くしてフェレンツ・ナーダシュディ伯爵のもとに嫁ぎ、結婚の贈り物として、現在のスロバキアにあたる地に建つチャフティツェ城を与えられている。

 1604年に夫が世を去った後、バートリはこの城と広大な領地を自らの手で統治するようになった。女性が単独で富と権力を握ることが極めて珍しかった時代にあって、彼女は貴族社会の中でも異色の存在感を放っていたという。

「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリ、犠牲者650人の伝説と"逮捕時の遺体は1体"の謎 —— 稀代の殺人鬼か、陥れられた女領主かの画像2
Radovan Bahna – 投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, リンクによる

城から消えた娘たちと「血の風呂」の噂

 17世紀に入ると、バートリのもとに奉公に上がった若い女性たちが、そのまま家族のもとへ戻ってこないという噂がささやかれるようになった。ルター派の牧師が彼女の残虐行為を告発したこともあり、1610年、ハンガリー宮中伯トゥルゾー・ジェルジによる正式な調査が始まる。

 調査では、彼女が城内で女性や少女を拷問し、命を奪っていたとする証言が次々と集められ、その数は300件近くにのぼった。中でも「若さを保つために犠牲者の血で入浴していた」という話は強烈な印象を残し、「血の伯爵夫人」という異名として定着していったとされる。

使用人だけが裁かれた奇妙な裁判

 1610年末、トゥルゾーはチャフティツェ城に乗り込み、バートリと4人の使用人を拘束した。翌1611年、使用人たちは裁判にかけられ、3人が処刑、残る1人は終身刑を言い渡されている。

 ところが、当の伯爵夫人本人が法廷に立たされることはなかった。名門貴族という身分が考慮され、バートリは裁判を経ないまま城内に幽閉され、外部との接触を絶たれた生活を送ることになる。そして1614年、彼女は幽閉先の城でその生涯を終えた。

「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリ、犠牲者650人の伝説と"逮捕時の遺体は1体"の謎 —— 稀代の殺人鬼か、陥れられた女領主かの画像3
エリザベート・バートリ – http://www.mult-kor.hu/cikk.php?article=6699&page=1, パブリック・ドメイン, リンクによる

「遺体はたった1体」——冤罪説をめぐる論争

 もっとも、近年の歴史研究では、この凄惨な物語そのものに疑問符が突きつけられている。バートリの莫大な領地と財産に目をつけた者たち、あるいは女性が権力を握ることを脅威と感じた勢力によって、彼女が意図的に陥れられた可能性が指摘されているのだ。

 その根拠の一つが、証言と物的証拠の食い違いだ。トゥルゾーが妻に宛てた手紙によれば、逮捕の際に城内で見つかった遺体は少女1人分だけだった。ほかに瀕死の少女や監禁された女性たちがいたとも報告されているが、その他の犠牲者については「墓地などに埋められた」という証言があるのみで、それを裏付ける物証は乏しい。

 さらに、証言の多くは本人が直接見聞きしたものではない伝聞で、使用人たちの自白も拷問によって引き出されたものだった。そもそも「650人」という数字自体、ある召使いの少女が「伯爵夫人の役人が、夫人の帳面でその数を見たと言っていた」と語ったにすぎず、肝心の帳面は見つかっていない。

 一方で、バートリの残虐さを訴える声は、逮捕の何年も前から上がっていた。最初の告発者は財産を狙う政敵ではなく、地元の牧師だったのである。300件近い証言のすべてを捏造と片づけることも、また難しい。

 権力を握った女性を陥れるための策略だったのか、それとも語り継がれる通り稀代の殺人鬼だったのか。400年以上を経た今も、それを確定づける決定的な証拠は見つかっていない。真相がどちらであれ、チャフティツェ城の主が歴史上もっとも謎めいた貴族の一人であることだけは、揺るがないようだ。

参考:Mental Floss、ほか

関連キーワード:,
TOCANA編集部

TOCANA(トカナ)は、「ホントカナ?」を編集方針に、UFO・UAP、UMA、心霊、予言、超古代文明、都市伝説など世界の「謎」を追うオカルトニュースメディア。2013年の開設から13年、公開記事は2万本以上。
Twitter: @DailyTocana
Instagram: tocanagram
Facebook: tocana.web
YouTube: TOCANAチャンネル

※ 本記事の内容を無断で転載・動画化し、YouTubeやブログなどにアップロードすることを固く禁じます。

人気連載

“包帯だらけで笑いながら走り回るピエロ”を目撃した結果…【うえまつそうの連載:島流し奇譚】

“包帯だらけで笑いながら走り回るピエロ”を目撃した結果…【うえまつそうの連載:島流し奇譚】

現役の体育教師にしてありがながら、ベーシスト、そして怪談師の一面もあわせもつ、う...

2024.10.02 20:00心霊

「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリ、犠牲者650人の伝説と”逮捕時の遺体は1体”の謎 —— 稀代の殺人鬼か、陥れられた女領主かのページです。、などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで

トカナ秘密結社購買部

人気記事ランキング11:35更新