>  > 獄中で訴え続けた「警察の証拠捏造」

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――人を殺した人と会う。「死刑囚の実像」に迫るシリーズ【16】

 1992年に福岡県飯塚市で小1の女児2人が殺害された「飯塚事件」で、無実を訴えながら死刑判決を受け、2008年に70歳で絞首刑に処された久間三千年(くま・みちとし)。杜撰なDNA型鑑定が元凶の冤罪だった説が根強いが、その人物像はあまり語られてこなかった。久間本人が処刑直前に綴った遺筆や、無実を信じる妻の声明文から久間の実像に迫った。
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久間の死刑が執行された福岡拘置所

■遺筆からは再審無罪への意欲と自信が窺えるが...

 〈人々の目から見て、明らかに冤罪とわかる本件の真実に対して、誤った地裁、高裁判決を最高裁は正すことなく棄却した。私はこの棄却を裁判所への落胆と大きな怒りをもって受け止める〉(以下、〈〉内は引用。すべて原文ママ)

 死刑廃止を目指す市民団体「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」は2008年の夏、全国の死刑囚105人にアンケート調査を行った。この文章は当時、福岡拘置所に収容されていた久間がアンケートに応じ、「今、一番訴えたいこと」として綴った手記の一節だ。

 手記では、次のようなことも綴られている。

〈真実は再審にて、この暗闇を照らすであろうことを信じて疑わない。真実は無実であり、これはなんら揺らぐことはない〉

 久間は当時、再審請求を準備中だった。再審で無罪判決を勝ち取ることに強い意欲と自信を持っていたことが窺える文章だ。

 だが、それは実現しなかった。久間はこの手記を書いた日から80日余り経った2008年10月28日、法務大臣・森英介の発した死刑執行命令により、絞首刑に処されたからである。久間が裁判で有罪とされた決め手は、あの冤罪・足利事件の菅家利和と同じく警察庁科警研が90年代前半に行った技術的に未熟なDNA型鑑定だったにもかかわらず――。

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 死刑執行の1年後、久間の妻が福岡地裁に再審請求。この請求は2014年3月に棄却されたが、現在も福岡高裁で再審請求即時抗告審が行われており、その動向が注目されている。

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