台北故宮展の「肉」と「白菜」がナゼお宝なのか理解しかねる人のために、素晴らしさを説く!

■肉形石の知られざる魅力とは?

台北故宮展の「肉」と「白菜」がナゼお宝なのか理解しかねる人のために、素晴らしさを説く!の画像3小暮氏・著『堪能故宮in台北』より

 もうひとつの故宮の人気アイドル「肉形石」。こちらはどこをどう見ても豚バラ煮込み、文字通りの肉の形の石である。それも皮つきの本格的な東坡肉(トンポーロー)。生の状態で皮を炙って、豚毛をすべて除去しないとこういう風には仕上がらない。表面の毛穴のへこみまで実物と見まごうばかりである。

 あまりに本物に近いため、思わず笑う人もいるほどだ。リンゴの写真を見ても誰も驚かないが、リンゴそっくりの絵画には感心してくれるように、肉形石は自然石なため、なおさらだろう。

 ちなみに「肉形石」のモデルになった料理・東坡肉だが、こちらは北宋の詩人、蘇軾(そしょく)が、左遷時代に調理法を考案したとされている。蘇軾は蘇東坡(そとうば)とも呼ばれ、その名を冠して「東坡肉」と呼ばれている。(左下にレシピ掲載!)

 故宮博物院の2大アイドル、「肉形石」「翠玉白菜」は、「玉器」と呼ばれる、ちょっと特殊な分野に入る工芸品だ。“玉”と一口に言っても、翡翠や白玉、黄玉など、さまざまな種類がある。だが、ハッキリとした定義はなく、「輝きを持った美しい石の総称」と考えていただければ良いだろう。

 “玉”も工芸品の一種だ。しかし、ほとんどの工芸品が食器などの実用を前提としているのに対して、玉器は装飾目的というのが、大きな違いだろう。

台北故宮展の「肉」と「白菜」がナゼお宝なのか理解しかねる人のために、素晴らしさを説く!の画像4調理法:小暮氏・著『堪能故宮in台北』より


■芸術作品と工芸品の違い

 パリのルーヴル美術館やマドリッドのプラド美術館などと違い、故宮博物院には「芸術作品」と「工芸品」の線引きが難しい作品が数多く展示されている。中でも、玉器の数々はその典型とも言えるだろう。

 工芸品とは、何と言ってもその実用性があることだ。いくら形が独創的で面白くても、食品を盛ることができない食器や、衣服が収納できない箪笥(たんす)では仕方がない。

 その点、肉形石や翠玉白菜は、まったく実用性を伴わない装飾品だ。このような最高レベルの作品に「やれ芸術だ、工芸だ…」と議論をするのはあまり意味がない。だが、一般的にこれらは、芸術作品ではなく、工芸品のカテゴリーに入れられる。

 それは芸術と呼ばれるものは、基本的に「個人」の創造や美的表現をもとに作られていることを前提にされるからだ。それはリューベンス工房のような複数の人間の手による制作であっても、指示が親方からのトップダウンでもあれば同様だ。

 それに対して、工芸品の多くは分業制になっているなど、「個人」が入り込める隙間があるのが特徴だ。逆に技術的なことを言えば、実は工芸品の方がはるかに習得するのが難しい。多くの場合、ミクロン単位の精度の技術を持っているのは工芸品の方である。

 キャンバスに絵具を垂らして「はい、完成」というのも芸術だ。芸術家が、それを“アート”と言い切れば、芸術作品となる。だが、工芸作品の世界でそれは通用しない。

 そんな意味を踏まえて言えば、肉形石も翠玉白菜も限りなく芸術作品に近い工芸品…ではなく、芸術作品そのものと言って差し支えないだろう。

 肉形石など、たまたま肉に似た石に手を加えただけ、という意見もあるだろう。だが、京都・龍安寺の石庭を思い出していただきたい。あれも庭師が、たまたま庭に合いそうな石を見つけて置いただけと言えなくもない。

 肉形石の場合、禅の精神とはかけ離れたキッチュな作品だが、自然のままと見せかけて、実は隠れたところでさまざまな加工をしているのである。

 これを聞いて、『完全に自然の造形を生かしていると思ったのに』と、がっかりする人も少なくない。美術品の多くが、人の手を加えて完成するのが前提なのに、肉形石や翠玉白菜だと、逆に人の手が加わったことで失望するというのが面白いところでもある。

 だが、要は手間をかけたか、かけなかったではない。出来上がった作品が素晴らしいか、そうでないかということが大切だ。しかし、肉形石も翠玉白菜も最小限の手間で最上の作品に仕上げた、いわば素材を生かした料理のような作品なのかもしれない。

 それにしてもパリのルーヴル美術館や、ロンドンの大英博物館と並ぶ、世界有数のミュージアムでありながら、一番有名な作品が「肉」と「白菜」ということに、笑いがこみ上げてくるのは筆者だけだろうか。

■小暮満寿雄(こぐれ・ますお)
1986年多摩美術大学院修了。教員生活を経たのち、1988年よりインド、トルコ、ヨーロッパ方面を周遊。現在は著作や絵画の制作を中心に活動を行い、年に1回ほどのペースで個展を開催している。著書に『堪能ルーヴル―半日で観るヨーロッパ絵画のエッセンス』(まどか出版)、『みなしご王子 インドのアチャールくん』(情報センター出版局)がある。
・HP「小暮満寿雄ArtGallery
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