他殺だった?「ゴッホの死は自殺ではない」犯罪科学のエキスパートが天才芸術家の死の謎に迫る!

■信憑性を帯びてきた「他殺説」

 マイオ博士の説が正しいとすれば、残る謎は誰がゴッホを殺したのかということだ。

 これについては、2011年に出版された『Van Gogh: The Life』(日本未翻訳)をもう一度おさらいする必要がありそうだ。

 著者であるスティーブン・ネイファー(Steven Naifeh)氏とグレゴリー・ホワイト・スミス(Gregory White Smith)氏は、膨大な数のゴッホの手紙を分析すると共に多数のゴッホ研究家にインタビューを行なって書き上げた本著の中で、ゴッホがフランスの近郊の農村、オーヴェル・シュル・オワーズで少年2人に殺害されたという説を展開している。

 この頃のゴッホは村の少年2人(兄弟)と親交があり、この事件の日にも麦畑で絵を描く傍ら少年たちと交流を深めていたのだが、そこには拳銃があり偶然の事故で発砲された弾がゴッホの胸を直撃したという。撃たれたゴッホは苦痛に咽びながらもこの少年たちの未来を考えて自ら自殺を装うことを決断し、苦渋に満ちた生活から逃れられる予期せぬ死を受け入れたのだと推論している。

 事件前日にゴッホは普段より多めに絵の具を注文していたという記録も残っているようで、それが事実なら少なくとも前日までは自殺の意志はなかったことになる。

 今回、犯罪科学のエキスパートからの擁護を得てますますこの「他殺説」が信憑性を帯びてきたといえそうだが、ネイファー氏とスミス氏にはまた別の懸念もあるようだ。

「最大の問題は、ゴッホの自殺は天才芸術家の劇的な“グランドフィナーレ”として人々の脳裏に刻み込まれ、揺るがないものになってしまっていることだろう」(ネイファー氏、スミス氏)

 つまり天才芸術家、ゴッホの“レジェンド”は既に完結してしまっているのであって、ファンであればあるほど「修正」は受け入れ難いかもしれないということだ。しかし、少年たちの将来を思って死を甘んじて受け入れたゴッホもまた、決して格好の悪い死に方ではないと思うのだが……。

参考:「Daily Mail」、「Vanity Fair」ほか

文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
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