2016年に東京壊滅、人類滅亡!? 封印された「聖徳太子の予言」に戦慄!

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■聖徳太子の幻の予言

syotokku.jpg画像は、『聖徳太子秘文『未来記』開封』(徳間書店)

『日本書紀』にはこう記されている。

厩戸皇子、壯(そう)に及びて未然を知ろしめたもう(太子、これから起こることを予知する)

 つまり、太子が予言者であったということは、日本の正式な歴史書が証明しているといえるのだ。


 だが、予言の内容までは書かれていない。これは、太子の死後、時の権力者によって自身に都合の悪い部分をバッサリ削られたためだといわれているのだが…。では、聖徳太子が残した予言とは、どのようなものであったのだろうか?

 太子が記した『未来記』という予言書がある。だが、一般的には原本は存在していないといわれており、太子の予言は、歴史上の人物の伝承や古文書のなかにポツリポツリと現れる程度なのだ。

 しかし一部では、この幻の予言書『未来記』が四天王寺に保管されており、神通力のある4人の僧侶によって、最高の機密として守られてきたとも囁かれており、幻の予言書『未来記』を見た者がいるという話もあるのだ。


■幻の予言書を見た人物

  室町時代の軍記物語『太平記』には、1332年8月、四天王寺に参詣した武将・楠木正成が、老僧から秘蔵の「太子の予言書」を見せられ、その内容に驚いたと記されている。そこには、楠木率いる軍勢が勝利し、鎌倉幕府が倒れ、後醍醐天皇が復帰する旨が書かれていたのだ。それを見て、楠木正成は己の天命を悟り、実際に後醍醐天皇、足利尊氏や新田義貞らとともに鎌倉幕府を倒したのだった。

 ではそれ以外の予言もみていこう。


■聖徳太子が残した日本大混乱の予言

 太子は25歳の時、人類の終末とも言える重大な予言を残しているといわれているが、それ以外の予言がある。

・黒船・首都東京の予言

「私の死後二百年以内に、ひとりの聖皇がここに都を作る。そこはかつてない壮麗な都になり戦乱を十回浴びても、それを越えて栄え、千年の間都として栄える。しかし一千年の時が満ちれば、黒龍(黒船)が来るため、都は東に移される」

 794年に桓武天皇により定められた「平安京」。約1,000年の永きに渡って日本の首都であったが、黒船の来航により明治維新が起こり、首都は東京へ移される。

自身の死

「私はまもなく死ぬし、子孫は一人も残らない」

 自らの悲劇的な運命も予言していた太子。病死とされているが、蘇我入鹿に暗殺されたとも言われており、太子の死後、蘇我軍に追い込まれた一族は「争ってはならぬ」という太子の遺言を守り、集団自決をしたそうだ。その悲劇のあった場所は、五重塔の近く。一説によると法隆寺は、一族もろとも残虐に滅ぼされた太子の怨霊を封じ込める場所だともいわれている。

・東京とクハンダの予言

「それから二百年過ぎた頃、クハンダが来るため、その東の都は親と七人の子どものように分かれるだろう……」

「クハンダ」とは仏教用語で「末世に現れる悪鬼」のことだ。真っ黒な禍々しい存在で、肉体も精神も汚してしまう。「クハンダ」の正体は何であろうか? 隕石の来襲、核攻撃、火山爆発、原発事故による放射能汚染などいろいろと考えられる。

 その「クハンダ」の厄災により、首都は壊滅状態になるため、首都機能を8箇所にバラバラに分けるという意味だろう。では、それはいつ起きるのか? その謎を解く鍵が法隆寺にあるという。

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