【戦後70年特集】戦争の怪談 ― 人の血をすするメモ帳

■人の血をすするメモ帳

A「あるとき、大規模な戦闘があって、多くの戦死者が出ました。しかし、私たち日本兵は、同じ日本兵の遺体を弔うこともできなければ、遺品を持ち帰ることもできなかった。何しろ遺体がたくさんある場所にはアメリカ軍がいるか、あるいは激戦の真っ只中だったのだ。それは悔しい思いだった。それでジャングルの中に戻った。しかしその時、ジャングルの入り口のあたりに、ポツンと遺体があった。日本の軍服を着ていたので名札を確認し、我々は静かに手をあわせた。そして、胸ポケットから遺品を取り出し、武器や食料などはもらっていった。すると、あるメモ帳が出てきたのだ。遺品をどこに届けたらよいか知る目的もあり、メモ帳の中を開いてみた。しかし、そのメモ帳がなんとも奇妙な代物だったのだ」
私「どんなものだったのですか」
A「はじめのページにとんでもないことが書かれていたんだ。その遺体の主は『河野又兵衛』という人であった。そのメモ帳の1ページ目に、その日の日にちが書かれていた。そして『河野又兵衛は、アメリカ軍狙撃兵によって右こめかみから左後頭部に向けて銃弾が貫通し即死する』と書いてあったのだ。そして、そのページの下に、我々の名前が書いてあった。『河野又兵衛の遺品は、Aが軍服のポケットから取り出し、指輪、家族の写真とともに持ち去る』と」

Aは、興奮した様子で語り続けました。

A「そして、そのメモ帳は、その後のことも書いてあった。そこには、小隊のうち2人、私ともう1人、後輩の兵が生き残って日本に帰ると書いてあった。残りは4人いたが、その4人の死因までがすべて書いてあったのだ」
私「それは気持ち悪いですね」
A「そうだ。そして、その死因はすべて当たったからなおさら怖くなった。1人目は、副長と呼んでいた軍曹であったが、軍曹は、就寝中に毒蛇に噛まれて死亡と書かれていた。はたして、軍曹はまさにそのまま草むらの中で、何日か後に、寝ている間に死んでいたんだ」
私「その時はどう思いましたか」
A「そんなことはあるはずがないと思っていた。死んだ人間のメモ帳が未来を当てるなんてありえない。しかし、残りの人間もメモ通りに死んだ。2人目は、機銃掃射に追われて逃げている最中に崖から落ちて死亡。3人目は、途中で遭遇した敵に突進して自爆。まあ、この自爆は名誉の戦死であったし、自分の選択でそうした、というよりはメモにそう書いてあったから自分からその通りにしたのではないかと思われた。そして最後、小隊長は味方の大隊に合流するときに敵と誤認されて撃たれるという、あり得ない状態で死んでしまったのだ。すべてメモにそのように書いてある。それどころか、その合流した大隊の運命まですべて書かれていたのだ」
私「なんとも不思議なメモ帳ですが、そのメモ帳はどうなったのでしょうか?」
A「それが不思議なことに、アメリカ軍の捕虜になって、持ち物検査されたときそのメモ帳も差し出したんだが、アメリカ軍が開いたそのメモ帳には、何も書いていなかったのだ。中にあったのは、河野又兵衛のものと思われる血の塊だけ。私たちはそのべっとりとついた黒い血の塊を見て、考えた。そのメモ帳をアメリカ軍が手にしたとたんに、文字がすべて血に変わってしまったのかもしれないと……。まさしく人の血をすするメモ帳だったのではないかと……」
私「それで、どうなったのですか?」
A「数年の捕虜生活の後に、日本に帰還することができた。武器以外の持ち物は返してもらえたので、河野又兵衛の遺品も、そのほかの人の遺品も持って帰ることができた。ほかの人の遺品などもすべて届けた後、私の街から少し離れた山中の農村に住む河野又兵衛の家に、名札とメモ帳を返しに行った。そうしたら……」
私「どうしたのですか」
A「その家には河野又兵衛が生きていたのだ」
私「えっ、どういうことですか」
A「死んでいたのは河野又兵衛ではなかったということのようだ。河野又兵衛の家にそれらを届けたところ、そこにいた本物の河野又兵衛は、嫌な顔をして『持って帰ってくれ』と言ってつきかえしてきたのだ。なんだと言ってそれらを叩きつけて帰った。数日したら、私のところに警察が来たんだ。当時家なんてものはほとんどなかったから、町のあばら家に住んでいたのだが、そこに警察がやって来た。そして『河野又兵衛が死んだが、何か知っているか?』と言うのだ。『何も知らない』と答えると『実は一昨日、突然、家が爆発してそこの一家全員が死んだ』と言う。そして、警察の手には、あのメモ帳が握られていた。『私は知らない。なぜここに来たのか』というと、警察はそのメモ帳を開いて『○○(私の名前)の力を借りて、河野又兵衛の家に着き、復讐を果たした』と書いてあり、その次のページには『これで良し』と書かれていたのだ」
私「で、結局どうなったのですか」
A「警察は近所を聞きまわったそうだが、結局何もわからなかった。私は家にいたことが実証されていたので、それ以上追求もされなかった。河野の土地は、そのままになっていて、その後誰が住んでもすぐに人が死ぬか、あるいは引っ越して行ってしまい、そのうち荒れ地になってしまったという。よほど恨みを残して死んだのであろう。怖い話だ」

 戦争の記憶というよりも、戦争時においてもなお、復讐を遂げようとした信念がメモ帳を使って“現実化”“物体化”したという話である。私はこの怪談話を聞いた時、なにか日本人の奥底に眠るとんでもない執念のようなものを感じたのでありました。
(文=ルドルフ・グライナー)

 

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