本当はなかった麻薬の依存性 ― 我々の認識を覆す圧倒的新説

■ヘロイン漬けマウスと依存性

 麻薬に依存性があるということの科学的な裏付けがなされたのは1960年代のことである。スタンフォード大学のアブラム・ゴールドシュタイン教授が行ったマウスによる薬物依存の研究がもとになっている。ゴールドシュタイン教授は1匹のマウスを小さな檻の中に入れ、そこに「水の入ったボトル」と「ヘロインを混ぜた水溶液の入ったボトル」を設置し、どちらを飲むのか観察した。その結果、マウスはヘロインの入りのボトルを飲み続けたのだ。このことから、「多くの薬物患者に見られるような複雑な社会背景や、貧困やいわれなき差別といった背景を持たないマウスがドラッグを選んだということは、麻薬の依存性を示している」、と博士は指摘したのである。

 この実験から麻薬によって脳が麻痺し、コントロールされるという一連の認識は確実なものとなった。しかし、80年に入ってこの研究に疑問を持つ科学者が現れたのだ。

■マウスの楽園がもたらした異論

 彼の名は、カナダのサイモン・フレーザー大学のブルース・アレグサンダー教授である。「なぜ檻の中には一匹のマウスだけなのだろうか? もし違う環境でも同じ結果になるのであろうか?」と、先の実験と様々な要因が存在する人間社会を安易に結びつけるのはおかしいのではないかと疑ったのだ。

 そこで教授は広い檻、芝生に遊具、そして数匹のマウスを入れ、友人や恋人ができるように「マウスの楽園」を作ってみたのだ。ここに先に置いたのと同じ2つのボトルを設置した。果たして結果に違いは出たのであろうか。

 結果は違った。マウスはヘロイン入のボトルを選ばなかったのである。衝動的に飲むことも過剰摂取するマウスもほぼ0だったのだ。マウスの楽園の住人は麻薬を選ばなかったのである。この結果に関して人間にも同様の事例がある、そうベトナム戦争だ。当時先行きが見えない悲壮感を紛らわそうと約20パーセントのアメリカ兵が麻薬を使用していた。この事実に「終戦後、帰国した軍人のせいで全米中が中毒患者であふれかえるのではないか」、と心配されていたのだ。しかし追跡調査の結果、現実はそうならなかったと精神医学の専門誌は伝えている。95パーセント以上の軍人が戦後ぱっと麻薬を断ち切ったのだ。それまでの理論ではこの現実を説明することはできなかった。

 これらの事例から、「檻」自体に問題があるのではないかとアレグサンダー教授は考えたのである。人間でいえば周囲の環境である。異国の地で死と隣合わせで四六時中緊張状態であった時は麻薬にすがらざるを得なかったが、家族の待っている祖国に帰れば「檻」から抜け出し、麻薬も必要なくなったのだと博士は考えたのだ。

■依存症(addiction)の反対は、繋がり(connection)

 オランダのピーター・コーエン教授は、「人は他人との繋がりを重要視する。それは無意識下であっても、繋がりの中に幸せを見出す生き物なのだ。孤独こそが最大の敵なのだ」、と語っている。「マウスの楽園」実験からわかったことは、「孤独」は繋がりを持てない以上何か違ったかたちで幸福を得ようとするということだ。それがスマートフォンであったり、SNSであったり、麻薬であったりするわけだ。依存するのではなく、それが人間の本能なのだ。

 つまり麻薬の依存は、薬物が引き起こす脳の支配ではなく、周囲の環境を変えよというサインなのだ。最近の調査によると、アメリカ国民の1人あたりの友人の数は減少傾向にあるという。激しい競争社会において人は他人のことをいかに蹴落とすかということばかり考え、落とされた人間はなかなか元の道に戻ることは難しい。そんな世の中では、文字通り「檻」に入れられ強い孤独を感じることになる。薬物依存は個人の問題だと考えられてきたが、これは社会の問題なのだ。

 依存症の反意語は「正常」ではないのだ。依存症(addiction)の反対は、繋がり(connection)なのである。
 

(アナザー茂)

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