■作品としての写真を撮るつもりは全くなかった
――ダクトの写真は、元は現場の作業記録、報告用に撮っていたんですよね?
木原 そうです。だから、自分にとってダクトの中の写真を撮ることはそんなに特別なことじゃなかった。作業の一環だから。
――そこからどうして自分の写真を撮るようになったんですか?
木原 単純な記録っていうか。最初はダクトの中を独りで撮っていたんですけれど、作業中の同僚も撮り始めたんです。同僚とはめちゃめちゃ仲がよくて、いつまで仕事をしているのかわからないけれど、引退したあとに写真を観ながらみんなでゲラゲラ笑ったりできるなって思って。でも、作業報告用に撮ったものはカメラごと親方に渡して預けっぱなしになるから、あとで観られない。それで自分のカメラを持ち込んだんです。記念写真を撮るのと同じくらいの軽い気持ち。作品を撮ってやろうなんて考えは全くなかったです。
――ダクト清掃の現場にはどんな人たちが集まっているんですか?
木原 音楽やってるヤツ、施設で育ったヤツ、元編集者、カメラマン、中卒から東大中退、文学青年とかいろんなヤツがいますよ。ダクト清掃を辞めてから議員になったヤツもいたし、今はマングース駆除をやってるヤツとか。どちらかといえば社会にうまく適応できない人たちが集まってくるような感じでした。
――職場ではどんな毎日を?
木原 事務所はタコ部屋で、泊まる場所もあるしシャワーもあって、寮じゃないんだけれど、家のない奴が住み着いていたりしてたし、飯も食わせてくれました。仕事終りに会社の金で、コンビニで好きな酒とか買って、それを飲んでから朝までやってる蒲田の居酒屋とか友達の家に行ってまた飲んで、二日酔いのまま現場に行くみたいな生活をずっとしていました。会社にはいつでも誰かいたから、終電を逃したら泊まりに行ったり。家に帰って遊びに行ってとかしてたら金を使っちゃうから、金欠のときは事務所に缶詰になって働いたりしていましたね。
――ダクト清掃の仕事は、外からは見えにくい仕事で、世間ではブラックバイトっていう認識もあると思うんです。でも、木原さんの写真を観ていると、みんな明るくて楽しそうでキラキラして見えるんですよね。
木原 ブラックバイトですよ。そのうえ陰湿だったら精神を病んじゃうから、無理やりアホをやるみたいな感じ。みんな金がなくて立派な立場じゃなかったけれど、そのぶん、ふざけて生きてやろうっていうヤツらばかりでした。でも、汚れる仕事ってどんなものでもそういうノリがあると思うし、辛気臭い人はやってないんじゃないかな。一見甘酸っぱい感じに見える所もありますけれど、みんな腹の中に屈託を抱えていたと思いますよ。僕もそうだったし。だって、破滅的って言ったら大げさだけれど、保険とかも払ってなかっただろうし、あのままのノリで歳を取ってから何か別の仕事で働けるかって言ったらできないから。
――写真を撮っていることについて、会社の同僚に何か言われたりすることはありませんか?
木原 「またやってるよ」って。僕が使っている「写ルンです」って、55ステーションっていう、町のDPE店で売ってるストライプのなんですよ。フジフイルムが作ってるんですけど。職場でそれは「木原カメラ」っていうことになっていて、それを会社のロッカーに入れておくと、同僚がそれで勝手に写真を撮ったりすることがありますね。僕の知らない写真が混じってる。勝手に自分のチンコをどアップで写してあるヤツとか。
――それはそれで嬉しいサプライズですよね。
木原 そうそう。そのカメラで撮った写真は全部俺のものになっちゃうからどうでもいいんですけれど、歳を取った時にどういうふうに観えるのかなって。そういう写真は懐かしいっていうか、過去に向かうイメージがあるじゃないですか。今見ても「懐かしいな」って。それとは違って、もっとあとに見たらどう思うんだろう? っていう好奇心がすごく強いんですよ。