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脳を交換したらどっちが「私」？「頭部移植」を巡る哲学的思考実験と「魂」の実在性

2016.12.05 18:00

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■「アイデンティティ」を巡る思考実験

「ある朝Aさんが目を覚ますと、全く知らない他人の姿になっていた。実はAさんが眠っている間に、マッドサイエンティストがAさんの脳をBさんという人物の脳と交換してしまったのだ。

果たしてAさんは、『Bさんの体を持ったAさん』なのか？　それとも、『Aさんの脳を持ったBさん』なのか？」

　大ヒットアニメ映画「君の名は。」で描かれた「主人公とヒロインの魂の入れ替わり」を思い浮かべて頂けると理解しやすいかと思う。映画をご覧になった方はお気づきになったと思うが、主人公とヒロインの間でアイデンティティが問題になることはほとんど無かった。主人公の男の子がヒロインの体を持って目覚めたとき、彼は「私（主人公の男の子）がヒロインの体に入った」と直感したのだった。つまり、思考実験のAさんは「Bさんの体を持ったAさん」であると自覚するに違いないのだ。このことは「脳の交換」や「魂の入れ替わり」を考えずとも、「寝ている間に全身整形され別人になった」場合と本質はさほど変わらない。

　つまり、ヴァレリー・スピリドノフ氏の頭部移植が成功したとき、彼にアイデンティティ上の問題が発生する危険性はほぼ無いと考えられる。（中国人男性の体に頭部を移植することになっている）彼はおそらく「自分は、中国人の体を持ったヴァレリー・スピリドノフである」と自覚するのではないだろうか？

　「頭部移植」に関連して、哲学的・倫理学的にさらに面白いのは、脳の部分的移植を扱った思考実験だろう。たとえば、米哲学者デレク・パーフィットが考案した「心理的スペクトラム」は、脳とアイデンティティの問題に鋭く切り込んでいる。

脳を交換したらどっちが「私」？「頭部移植」を巡る哲学的思考実験と「魂」の実在性の画像2

画像は「Psychology Today」より引用

「私の脳細胞を手術によってドナルド・トランプの脳細胞と少しずつ置き換えることを想定する。脳科学的には脳細胞の移植は可能であり、実施された例もある。このような手術を行った場合、脳の1%ぐらいの置き換えなら『私』は変化しないよう思えるが、90%を置き換えた場合、とても『私』が継続しているとは思えないだろう。では何%までの置き換えまでは『私』が維持できて、何%以上の置き換えによって別の人格になってしまうのであろうか？」

　さらに面白いのは、「アイデンティティの魂説」を擁護する、英宗教哲学者リチャード・スウィンバーン教授の思考実験だ。

■英哲学教授「アイデンティティの本質は『魂』」

　スウィンバーン教授は、アイデンティティを語るには肉体だけではなく、「魂」が必要であると驚きの結論に至っている。そのことは、脳を右脳と左脳に分割した思考実験から明らかであるという。

「もし重大な事故などで自分の肉体が激しく損傷し、無傷であった自分の脳の半分が別の身体に移植されるとする。手術が成功したらとりあえずその人物が『私』であると人は直観的に思うだろう。しかし残った元の自分の身体と脳が奇跡的に助かったとしたら、どちらが『私』なのだろう？　『私』は私の脳の欠片の中にいるのだろうか？　それとも蘇生した私の脳と体にいるのだろうか？」

　スウィンバーン教授は、この思考実験からアイデンティティに本質的なのは、肉体でも脳でもなく「魂」としか言いようがない非物理的な要因であると結論しているが、これまでトカナでも報じてきたように、事故現場で「魂」が抜けだす瞬間が何度も撮影されている上、過去には米医学博士ダンカン・マクドゥーガル氏が、魂の重さを21グラムであると測定しているなど、「魂」の実在を示す証拠は数多く提出されている。スウィンバーン教授が、アイデンティティの本質を「魂」だとしても何らおかしくはないだろう。

　現在、「頭部移植」や「脳移植」に関する倫理的議論はまだまだ成熟しておらず、医師や医療倫理に携わる人々からでさえ「神の摂理に反する」、「頭部移植なんてものは死よりも恐ろしい」など、道義的非難ばかりが飛び出す始末だ。確かに、臨床データも少なく確実性の低い手術に対して、感情的な反応があるのは当然のことであるが、それだけ今回の｢頭部移植手術」が「アイデンティティ」や「人間の本質」を考える大きなきっかけとなるのは間違いない。スウィンバーン教授が洞察したように、「アイデンティティ」の問題は科学主義だけでは太刀打ちできない大きな問題だ。今後の展開は全く予想できないが、もしかしたら、医学という極めて物質的・科学的な世界で、単なるオカルト・迷信として唾棄されてきた「魂」の問題が本気で議論される日が来るかもしれない。
（編集部）

参考：「Psychology Today」、ほか