ヒトラーは「同性愛傾向でサドマゾ気質のバイ」CIA機密資料で新判明! ハッテン場常駐、部下と女装プレイ、姪とスカトロ…

ヒトラーは「同性愛傾向でサドマゾ気質のバイ」CIA機密資料で新判明! ハッテン場常駐、部下と女装プレイ、姪とスカトロ…の画像1画像は「Daily Mail」より引用


 独裁者アドルフ・ヒトラーの人生は謎に満ちている。現在のオーストリア・リンツに生まれ、画家を志して18歳でウィーン美術アカデミーを受験するも2度も失敗。その後、第一次世界大戦に駆り出された後、あれよあれよという間にドイツ労働者党(ナチ党)で権力を握っていった。人生の落伍者であったヒトラーがなぜドイツの全権力を掌握するに至ったかは歴史の大きなミステリーだ。


■ヒトラーはサドマド気質の同性愛者

 さて、そんなヒトラーの知られざる個人史が近年徐々に分かってきている。トカナでもヒトラーの変態的性癖身体的困難をご紹介してきたが、この度、さらに驚愕の下半身事情が明らかになったのだ。

 英紙「Daily Mail」(10月9日付)によると、第二次世界大戦中にアメリカの諜報機関である「戦略事務局」(Office of Strategic Services、CIAの前身)が収集した70ページにわたるヒトラーに関する情報のなかに、彼が「同性愛傾向にあり、サドマゾ気質」と書かれていたというのだ。

ヒトラーは「同性愛傾向でサドマゾ気質のバイ」CIA機密資料で新判明! ハッテン場常駐、部下と女装プレイ、姪とスカトロ…の画像2ヒトラー少年「The New Daily」より引用

 話の中心となるのは、ヒトラーのウィーン時代だ。青年ヒトラーはウィーンを訪問し、美術アカデミーを受験したが、2度も失敗。しかし、それでも彼は故郷には帰らず、浮浪者施設や独身者施設を転々とし、1908年~1913年まで結局5年にわたり同地に滞在した。

 後にウィーン時代のヒトラーと一時期同居していた親友のクビツェクが出版した回想録『アドルフ・ヒトラーの青春』は、青年ヒトラーを知るための貴重資料となっているが、2人の生活は1年と続かなかったため、同居解消後のヒトラーの動向、特に彼が独身者施設に滞在していた1910年~1913年の約3年間についてはよく分かっていない。一説によれば、あやしい男たちと手を組み、絵を売って糊口をしのいでいたというが……。

プレスリリース入稿はこちら サイゾーパブリシティ