出口王仁三郎が予言した「火の雨」の正体がついに判明!! ロシアの最強核兵器「サルマト」による対日核攻撃の恐怖!

出口王仁三郎が予言した「火の雨」の正体がついに判明!! ロシアの最強核兵器「サルマト」による対日核攻撃の恐怖!の画像1画像は「Getty Images」より引用

 宗教「大本」の二代目教祖である出口王仁三郎といえば、数々の神通力を発揮し、ミステリアスな大著『霊界物語』を記したことでも知られている。

 戦前、彼は早くから日本の悲惨な敗戦を予言していた。それ以外にも様々な理由がこじつけられて、時の治安体制から脅威と見なされ、二度にわたる大弾圧を受ける。

 とくに1935年の「第二次大本事件」は、戦前の国家権力による最大の対内弾圧に数えられる。特高警察を有する内務省は、王仁三郎と大本にクーデター首謀の濡れ衣を着せて総力を挙げて潰しにかかった。綾部や亀岡の教団施設は警官隊によって根こそぎ破壊され、全国千人の信徒が検挙され、王仁三郎以下、主だった幹部は逮捕起訴された。当局は罪を自白させようと、彼らに執拗かつ壮絶な拷問を加え、死傷病者が相次いだ。

 元より冤罪であるから、終戦直後、当然ながら無罪判決が出された。王仁三郎が凄いのは、敗戦国日本の再建をおもんばかり、一切の賠償請求を放棄したことだ。そして信徒もそれに倣った。このような人物であるから、彼の言葉には格段の真実味がある。

■「本当の火の雨」の正体とは?

 さて、終戦の年の暮れ、王仁三郎は鳥取の吉岡温泉に逗留して静養した。そこへ朝日新聞の記者が取材に訪れた。

 その時のやり取りは、「予言的中“火の雨が降るぞよ”」と題して、1945年の暮れの『大阪朝日新聞』の紙面に掲載された。要は「火の雨のお告げも実際となって日本は敗れた。(略)昭和二十五年までは日本も駄目だろう」というような内容である。

 ちなみに、さらりと言ってのけた後者の予言も的中していることは明らかだ。戦後の復興が本格化したのは1950年の朝鮮戦争勃発以降と言われている。

 ところで、「火の雨が降るという予言は本当でしたね」と投げかけた朝日新聞の記者に対して、王仁三郎が完全に調子を合わせたかのような紙面になっているが、彼のそばにいた複数の人が伝えるところによると、やや異なる内容も発言していたのである。

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