奇習! 村の男衆全員が「穴兄弟」に…! 九州北部に実在した“妻の貸し借り制度”とは!?

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【日本奇習紀行シリーズ 九州北部】

画像は「getty images」より引用

 俗に「女房と畳は新しい方がいい」というように、古くから多くの日本人男性にとっては、長く連れ添った糟糠(そうこう)の妻である年増の伴侶よりも、初々しさのある若妻の方が価値あるものとされてきたが、その実、妙齢の人妻というものは、多くの男性にとって、なんとも言えぬ色香を感じさせるものである。

 

「まあ、よそじゃどうだか知らないけれども、昔、このあたりじゃ、奥さん連中を貸し借りできる習慣があってね」

 

 自身が生まれ育ち、今なお暮らす九州北部のとある地域に、その昔、存在していたという“人妻に関する奇習”についてそう語るのは、今を遡ること約6年前に当地を後にし、現在は大阪府内の特別擁護老人ホームで暮らしている大村寿三郎さん(仮名・87)。大村さんの話によると、「比較的、性におおらかだった」という当地においては、その昔、各家庭の人妻を対象とした実に不可思議な習慣が日常的に行われていたのだという。


「まあ、言ってしまえばだけど、そこいらの奥さん連中がだね、よその男とナニすることを許すという掟がまずあってね。そんなもんだから、村全体がさ、“穴兄弟”みたいな状態になっちゃうわけ(苦笑)さすがに今じゃ考えられないことだけれども」

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コメント

1:金 正恩 2019年2月25日 19:54 | 返信

良い習慣だ。遡れば江戸期、いやもっと古いだろう。性のおおらかさは乳幼児の非常に高い死亡率が強く関係している。5人産んでも3人死ぬのがフツーの時代。貧しい食事、不衛生な環境下では抵抗力の無い乳幼児は満足に生きていくのは難しい。だが子孫が続かなければ家はおろか村自体が消滅してしまう。働き手もなくなる。ゆえに一夫一婦でなどと言ってられなくなる。生き残ることに必死だった先人の知恵がもたらした結果なのだ。淫らでイヤらしいと笑われるがこの種の風習がより僻地と呼ばれる場所に数多くあるのは中央政府の眼が行き届かなかった。明治維新でテロ組織薩摩長州が英国に騙され、ユーラシア進出の傭兵と成り下がったとともに国家神道や内村鑑三のキリスト教的精神が導入され邪宗淫宗は捨てさせられた。男尊女卑もこの頃から明確化された。もっと前は男女同権に近かった。女も土地を持ち、浮気もし、村の共同体に一定の力があった。しかし良い兵隊を生産し、男を大黒柱に家族中心主義、その大きな塊が国家というロジックを造り上げ女子から全ての権利を奪うことになった。だが言うコトを聞かない届かない地域、地方があった。明治維新後の日本の歴史は欧米の歴史の腐ったマネごとに過ぎない。江戸期より前は日本の輝かしい独自の文化があったのだ。

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