タイ「地獄寺」を26歳女子大生「地獄ちゃん」が衝撃案内! 青春の全てを地獄寺研究に捧げた”グロテスク・エリート女子”がヤバイ!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント2

グロテスクエリート》としてすくすく育ち、積年の夢を実現できたのが大学に入ってからということだった。

「それで実際に行ったのは2013年、私が大学2年生の時です。大学では美術史を専攻していたのですが、それに限らず色々と勉強していたんです。それで2013年に初の海外旅行でタイに行って、地獄寺に行ったんです。ド田舎で、まず行くのが大変でしたね。最初の寺は『ワット・ムアン』というお寺で、バンコクからそう遠くはないんですけれど、当時はタイ語もわからないし大変でした」

 10代後半から20代前半という、最も多感な頃の数年を「地獄」につぎ込んだ椋橋少女。その本気度から、地獄寺がやがて研究の対象になったのも当然のなりゆきである。

「初めての時は遊びがメインだったので、そのあとも何回かタイには行っているんですが、本格的に調査となったのは2016年からですね。それからは1カ月くらいの期間で毎日1寺1地獄ずつ行って、1回の旅行で40カ所くらい回りました。調査は、写真も撮って住職に会うまでが1セットですね。それを2年間やりましたので、今行ったところは、83軒です(2018年11月当時)」

 ここまで何も考えずに地獄寺と書いてきたが、まずは地獄寺について少し定義してもらおう。

「タイは仏教国で、3万ほどの寺院があるんですけれど、その中に数十カ所、コンクリートなどの立体で地獄を表現したものがあり、それらを地獄寺と呼んでいます」

――いつぐらいからできたものなんですか?

「最初は1956年にできているんですけれど、それからこの50~60年にできた文化ですねね」

 地獄は、わりと最近できたものであった。

――タイの地獄寺は、どのような理由で作られたのですか?

「そうですね、一応建前上、タイの地獄寺は、“悪いことしたらこうなる”っていう教育のためにあります」

 元々、タイの地獄寺思想は、スコータイ王朝の第6代、リタイ王が記した『三界経』(1345年)に基づいているものであり、その思想をわかりやすく広める際、古来挿し絵的な効果を期待して寺院の壁画などに地獄が描かれてきた。それが現代になって立体化したものが地獄寺なのだという。

「だから、現地のお客さんには親子連れがけっこう多いですよ。よく子供が泣いています

――秋田のなまはげみたいな感じでしょうか?

「あ、確かに(笑)。そういう感じかもしれませんね」

関連キーワード

コメント

2:匿名 2019年4月17日 21:04 | 返信

タイの地獄寺を数か所まわったことありますが、
深く考えずに見て回っただけなので、
このシリーズ楽しみにしています。
 
椋橋彩香さんの「現代タイにおける餓鬼の図像」というのがPDFでネットにアップされていました。
タイ仏教の観光に、大いに役立ちそうです。
ありがとうございます。

1:匿名 2019年4月17日 20:20 | 返信

地獄に堕ちろ!ベネット!

コメントする

画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。