身長2m以上の白いドレスの巨大女が佇む、本当にあった怖い話 ー 『でる家』川奈まり子の実話怪談!

 ひと月ばかりは、何事もなく過ぎた。

 聡さんは2階にある、階段にいちばん近い1室を寝室にすることにして、夜はその部屋で過ごす習慣がついた。

 階段を下りると玄関が目の前なので、寝室に引き揚げる前に鍵を掛けたかどうか確認するのも毎晩のならいになった。

 その日は、大学でサークル活動に参加して、とりわけくたびれていた。そこで、まだ午後の6時で日が出ていたが、帰宅するとすぐにシャワーを浴びて寝室に引っ込み、ベッドに横になった。

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画像は「Getty Images」より引用

 すぐに睡魔が襲ってきた。うつらうつらしかかったときである。

 タン! タンタンタンタン!

 階段を駆けあがる足音が聞こえてきて、彼は飛び起きた。

 非常にリズミカルで軽い足音だ。

 すばしっこく上がり切った。かと思ったら、この部屋のドアを叩きはじめた。

 ドンドンドンドン!

「うるさい!」

 聡さんはベッドから下りながら怒鳴った。

 弟が来たのだろうと思ったのだ。なぜなら他にこんなことをしそうな者はなく、また、弟はときどき予告なしに訪ねてきたからである。

 ドンドンドンドン!

 尚もノックは執拗に続いた。

「しつっこいなぁ! 疲れてるんだよ。静かにしろよ」

 聡さんは腹を立てたが、疲れていたので、弟と喧嘩する気力もなかった。だからのろのろとドアの方に歩み寄りつつ文句を言っていたのだが、ドアノブに手を掛ける寸前に、ノックが止んで階段を駆け下りる音がした。

「え?」

 ドアを開けてみると、もう誰の姿も無かった。

 逃げ足の早い奴め、と、舌打ちして、彼はその後、再びベッドに戻ってひと眠りした。

 それから夕食を食べるために、元々住んでいた家――両親と弟がいる、徒歩5分かからない近さの――に出向いた。

 それもまた、この春からの彼の習慣であった。

 そこでは当然、弟とも顔を合わせる。

「あっ! おまえ、さっきうちに来て、寝室のドアをしくこくノックしただろう! ああいうの、やめろよな!」

 出会い頭に苦情を述べた聡さんに、弟は「?」という表情を返した。

「なんのこと? 僕、今日はそっちに行ってないよ」

「嘘つけ!」

「ううん。本当に行ってない。第一、僕は鍵を持ってないじゃん! 急に行くことはあるけど、いつもインターホンを鳴らして、お兄ちゃんに玄関を開けてもらってるでしょ?」

 ……言われてみれば、そうなのだった。

 弟は前触れなしに来ることはしばしばだが、勝手に家の中に上がり込んだことはなかった。合鍵は両親が保管しているが、どこにしまってあるか、弟は知らないだろう。聡さんだって、そんなことは知らない。

「足音がしたんだよ。猿みたいにすばしっこい、軽い足音だ。それが階段を上ってきて、誰かがドアを叩いたんだ」

「僕じゃないってば」

「わかったよ。でも、じゃあ、誰?」

 ――あの男の子か。

 お互いに表情を読み合うだけで、同じことを考えているのがわかった。

 その夜、聡さんは初めて金縛りというものを体験した。

 真夜中に突然目が覚めてしまい、瞼は開くのだが声が出せず、首から下はまったく動かせない状態に陥ったのだ。

 なんとか動こうと焦っていたら、家のどこかがギシッと大きな音を立てて軋んだ。

 立て続けにギシギシと軋む。

 しかも、あちこちから聞こえはじめた。

 ――こういうのは、家鳴りというのだ。

 古い家ではよくあること。寒暖差や湿度の関係で、木や鉄で出来た建材が収縮あるいは膨張して擦れ合い、音を立てているに過ぎない。単なる物理現象だ。

 そう、頭ではわかっていた。

 しかし気持ちが追いつかない。

 ――怖い。

 翌日から、聡さんは1階の仏間に蒲団を敷いて寝ることにした。

 前夜、心の中で南無阿弥陀仏と唱えたら、家鳴りは鎮まらなかったものの、金縛りが解けたので、お経から仏壇、仏間を単純に連想したのである。

 それにまた、仏壇にいるおばあちゃんたち先祖代々の霊が護ってくれるような気もした。

 ところが、以後、夜に限らず、昼間から家鳴りがするようになった。

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