8歳年下の男と「ダイナマイト心中」した母の写真を探して… 末井昭が語る「猫コンプレックス母コンプレックス」

 さて、時代はいきなり66年前に遡ります。春日さんのお母様は猫嫌いだったそうですが、ぼくの母親はどうだったのでしょうか。母親と猫ということでは、何も思い出すことがないのです。当時、家で猫を飼っていたのかさえ思い出せません。

 猫のことで思い出すのは、母親と一緒にダイナマイト心中した零次さんの家に、〈キー坊〉のような茶トラの丸まっちい猫がいて、零次さんの妹の節子さんが可愛がっていたということです。零次さんの家は隣なのですが、隣といっても500メートルぐらいは離れていて、小学校から帰ると走って遊びに行っていました。中学生の節子さんが遊び相手になってくれるのです(節子さんも「母親の変形した投影」だったかもしれません)。

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節子さんと猫とぼく(写真を元に弓指寛治さんに描いてもらった絵)

 家には、平病院の結核病棟から退院した母親がいました。肺結核が治った訳ではなく、治らないところまできたから家に戻されたのです。体の具合が良い時もあれば悪い時もあり、調子の悪い時は納戸に布団を敷いて寝ていました。

 授業参観に来た母親が綺麗で目立っていたと前々回で書きましたが、母親が美人だったという訳ではありません。母親はいつも着物を着ていて、外に出る時は髪を整えお化粧もしていましたから、相対的に綺麗に見えたということです。

 授業参観日のような集まりがある時は、お母さん方は着物の上から割烹着を着ていました。人が集まる時に、女の人は割烹着を着る風習があったのです。おそらく、葬式や結婚式などがあった時、料理を手伝ったりするためにお母さんたちが着ていた割烹着が、「よそ行き」(外出着)になったのではないかと思います。割烹着を着ていれば、着物がボロでも目立ちませんし。

 母親は長く病院に入っていたこともあって、村の風習に従わないところもありました。みんなが白い割烹着を着ている中で、一人だけ着物姿でいるので目立ちました。それに、農作業でみんな日焼けしているので、肌の白さでは誰にも負けなかったと思います。

 母親が村の風習に従わなかったのは、自分が結核患者で、周りから差別されている意識もあったのではないかと思います。村では肺結核になった人を「肺病たれ」(汚い言葉です)と呼んでいて、ぼくも「肺病たれ、肺病たれ」と罵られたことがあります。母親が肺病だから、子どもにも感染していると思われていました。今のコロナ差別に通じるところがあります。

 母親が納戸で寝ている時は、大抵ぼくは零次さんのところに行っていたのですが、その頃の写真を1枚だけ持っています。零次さんの家の縁側で撮った写真で、節子さんが座って膝で猫を抱いていて、その隣りでぼくが笑っています。誰がこの写真を撮ったのかわからないのですが、カメラを持っていたのは零次さん以外には考えられません。

 その写真のぼくは学生服を着ているので、小学校1年生の時です。とすると、この写真が撮られてから数カ月後に、母親と零次さんはダイナマイト心中することになります。この心中事件のあと、零次さんの家とは仲が悪くなり、ぼくも行きづらくなり、それ以来節子さんとも会わなくなりました。

 写真といえば、ぼくは母親の写真を2枚だけ持っています。2枚とも平病院の結核病棟で撮られた写真で、1枚は蕾の付いた梅の枝を母親が花瓶に生けている写真です。指の表情や梅の蕾に視線を向けているところが、いかにも写真を撮られるためにポーズを取ったように見えます。おそらく写真を撮られることが好きだったのでしょう。

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