「自分と“本当に同じレベルの顔”の女を見たらどうする?」精神科医・春日武彦
「自分と“本当に同じレベルの顔”の女を見たらどうする?」精神科医・春日武彦の悩み&猫と母のコンプレックス
<第8回 春日武彦→末井昭>
■■■■■隣の女■■■■■
末井昭さま
通い猫の〈キー坊〉、姿を見せなくなったとお書きになっていたので「大丈夫かな。寒いし、世間はギスギスしているし……」と心配しておりましたが、twitterでまた登場したと写真も載っていたので安心しました。動物は何も喋ってくれないので、人間の側が不安に取り憑かれるとそれが果てしなくエスカレートしてしまいますよねえ。
姿を見せなくなる、で思い出した件があります。
わたしは幼い頃に猿のヌイグルミを持っておりまして、長い手足がぶらぶら動くように作られていました。気に入っていたんですよね。やたらと執着し、だから大切にするかといえばその反対で、わざとぞんざいに扱ったり放り投げたりしておりました。やがて乱暴な仕打ちによって手や足が取れてしまい、でも縫って直してくれと母にせがむわけでもなく、遂には両手両足のない猿になってしまいました。それでも頭と胴体だけの猿をしっかり抱えているわたしに気付いた両親がうろたえ(わたしの心を気味悪く思ったのでしょうか、四肢のない猿に抵抗を覚えたのでしょうか)、それを捨ててしまいました。
昨今の育児法でしたら、捨ててしまうなんてよろしくない、毀れたヌイグルミによってモノや命の大切さを学ぶ機会とせよ、なんて教えるんでしょうね。でも昭和30年前後は、誰もがもっとワイルドな発想だったのでしょう。取り上げて捨ててしまうほうが当たり前の感覚だったような気がします。
もちろんわたしは悲しみ傷つきましたが、すぐに忘れて別なものに夢中になっていたようです。それでもやはり心の奥には「わだかまり」が残っていたのでしょう。30年以上前に、犬のヌイグルミ(当時は、まだ犬派でした)をデパートの寝具売り場で見掛け発作的に欲しくなりました。すぐには買わなかったのですが、あとで妻の日登美さんが買ってくれました。子どもが両手を上に伸ばして立っているような姿勢で、高さが60センチくらいでしょうか。白地に黒い模様がホルスタインみたいに散っている。日光江戸村の「にゃんまげ」の犬バージョンみたいだと言っていた人がいますが、確かにそんな雰囲気はあります。ファッション・デザイナーの津森千里さんのデザインで、内部に遠赤外線が仕込んであって、抱いていると暖かくなってくる。商品名というか名前は〈だんぺい〉です。
いまだに大切にしています。さすがに今は抱いて寝ないけれど。すっかり汚れていて、わたしの涙と鼻水と汗を吸い込んでいます。
さて、いつ頃からか、ベッドでまどろんでいるときに(年に一回くらいでしょうか)瞼の裏にいきなり生じるストーリーがあります。
ある日、不意に〈だんぺい〉の姿が見えなくなってしまう。個人的に〈だんぺい〉は焼き肉が大好きという設定にしているので、あれ? そろそろ美味い店へ連れて行ってあげようと思っていたのにどうしたんだろう、などと首を傾げたりする。でもやはり見つからない。そうやって何ヵ月かしてから、郵便受けを開けたら〈だんぺい〉から封書が届いています。犬のくせに意外とていねいでしっかりした文字です。便箋には、急に姿を消して申し訳なかったと記してある。さらに、いつまでも他人の家で遊んでいても仕方がないなあ、少しは自分も世の役に立たなければと考えました、と。そこで盲導犬になったらどうかと思いつき、居ても立ってもいられなくなって一人(いや、一匹)で訓練所(東京から遠く離れた場所)へ赴き、入所させてもらいました。現在は毎日訓練を受けてがんばっています。疲れて、なかなか手紙を書く機会がなかったのです、ごめんなさい。今までどうもありがとう、僕は立派な盲導犬になるつもりです。あなたもどうか元気に過ごしてくださいと書いてあります。そして同封されていた写真には、ものすごく鮮やかな緑色の草原でハーネスを装着した〈だんぺい〉が笑顔で写っている。その笑顔! それを見てわたしはさめざめと涙を流しながら、「よせよ、そこまでやらなくていいから帰っておいで。またオレと一緒に遊んだり、焼き肉を食べに行こう」と弱々しく呟いて項垂れる。そんな夢というかファンタジーで、目が覚めてからも切ないというかやる瀬ないというか、とにかく半泣きになってしまうのです。
こんなことを想像するのは、自分にもキレイな心が多少残っている証拠なのかもしれないなどと思ってみたりもしますが、それは錯覚でしょう。しかしそれはそれとして、もし今も足下で寝ている〈ねごと〉君が急にいなくなってしまったら、なぜか〈だんぺい〉のストーリーを反射的に思い浮かべてしまいそうな気がします。
試みにネットで調べてみたら、もう〈だんぺい〉は製造も販売もされていないけれど(2005年が最後だったようです)、いまだに大切に持っている人が結構いるのです。やはり人の琴線に触れるところのあるヌイグルミだったということなのでしょうか。それどころか福岡放送(FBS)には月曜深夜に「ナンデモ特命係 発見らくちゃく!」という番組があって、視聴者から寄せられた依頼を叶えたり調査してくれる番組らしい。2019年9月2日には、「28年前から家にいる〈だんぺい〉が、ある日突然動き出して冷蔵庫の中のものを食べたり、飛び回ったりする。ただし家族以外の人の前では動かずに、ただのヌイグルミである」という突飛な(!)案件について、オカルトなのか、何か理由があるのかと調べた顛末が放映されたそうです。肝心の謎解きはいくらネットを調べても書いてありませんでした。
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2024.10.02 20:00心霊「自分と“本当に同じレベルの顔”の女を見たらどうする?」精神科医・春日武彦の悩み&猫と母のコンプレックスのページです。往復書簡、猫と母、猫コンプレックス母コンプレックスなどの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで