「あの時、看取れなくてごめんね」心がチクチク痛む猫の記憶とは? そして樹海と自殺と母の病気(末井昭)


【連載】猫コンプレックス 母コンプレックス――異色の精神科医・春日武彦と伝説の編集者・末井昭が往復書簡で語る「母と猫」についての話

<これまでのまとめはこちら>


<第13回 末井昭→春日武彦>

■■■■■野良たちに安泰はない■■■■■

春日武彦さま

 野良の〈キー坊〉が我が家に来るようになったのが昨年の4月で、1回目の緊急事態宣言が発出されて家ごもりしていた頃でした。あれから1年経ちましたが、新型コロナウイルスは変異して感染力が強まり、今は3回目の緊急事態宣言発令中です。こんなことになるなんて思ってもみませんでした。家ごもりは相変わらず続いていて、午前中は庭に面した部屋で新聞を読んだり本を読んだり、1年前と何も変わらない日々を送っているのですが、変わったのは〈キー坊〉と滅多に会えなくなったことです。

最近の〈キー坊〉


 我が家に来だした頃の〈キー坊〉はひ弱な猫でした。毎日、朝昼晩とごはんをあげているうちにどんどん大きくなり、野良として生きて行く自信のようなものを〈キー坊〉から感じるようになりました。ほとんど毎日来ていたのですが、その年の12月の初め頃からパタッと来なくなったのです。事故にでも遭ったのではないかと心配していたのですが、1ブロック離れたAさん宅に行っていることがわかり、〈キンカン〉と呼ばれて可愛がってもらっていることも知って安心したのでした。

 不思議なもので、そのことをぼくが知ってから、〈キー坊〉がまた1日置きぐらいに来るようになったのです。ぼくが心配しているから、あるいは嫉妬しているから、顔見せに行ってやろうと思ったのかもしれません。

 1ヵ月ほど前、美子ちゃんと駅に向かって歩いていたら、高台にある家の庭で〈キー坊〉が日向ぼっこしているのを発見しました。「キー坊!」と呼ぶとこっちを向いたので、近寄って写真を撮っていると、その家の奥様が出て来て〈キー坊〉の話になりました。〈キー坊〉はその家にも時々行っているようで、そこでは〈マグちゃん〉と呼ばれていました。「マグロのマグですよ。うちにはカツオって猫がいますから」と、奥様はおっしゃいました。「マグロとカツオかぁ、猫缶のような名前だなぁ」と思ったりしました。

 Aさん宅も猫を飼っているので、〈キー坊〉は猫のいる家を選んで行っているみたいです。と思ってしまうのは、買いかぶりかもしれません。猫を飼っている人は猫が好きなので、行くとごはんが貰えるからまた行くのでしょう。いずれにしても〈キー坊〉は、ごはんが貰える家を3軒は確保していることになります。違う所でも〈キー坊〉を見たことがある美子ちゃんは、実際はもっとあるのではないかと思っているようです。

 〈キー坊〉は人をじっと見つめる技があるので、みんなコロッと参ってしまうから、野良として安泰に生きて行くのだろうと思っていました。でも、野良に安泰はないのですね。

 〈キー坊〉はこの頃、滅多に来なくなりました。何軒か行き先があるので心配はしていないのですが、やはりちょっと寂しくなります。〈キー坊〉が来たら、スマホで写真を撮ってごはんをあげ、ごはんを食べたら〈キー坊〉はさっさと行ってしまいます。たったそれだけのことなのに、〈キー坊〉が来ないと寂しくなるのです。嫌われているのではないかと思ったりします。何でしょうかね、〈キー坊〉や〈ねず美〉を前にすると、どうしてもこちらが下手になってしまうのは。

 先日、ぼくが出掛けている時に〈キー坊〉が来たそうです。美子ちゃんがリビングに行ったら、〈キー坊〉がそこで飼い猫のように寛いでいたのだとか。美子ちゃんを見た〈キー坊〉は反射的に立ち上がり、ノロノロと出口のほうに歩いて行きましたが、右の後ろ足を地面に付けないように歩いていたそうです。怪我をしていたのです。

リビングで家猫のようにくつろぐ〈キー坊〉(撮影:神藏美子)


 〈キー坊〉は玄関横の猫穴から入ってくることは時々ありましたが、たいてい遠慮がちに玄関に座っているだけで、リビングまで入って来ることは滅多にありませんでした。足を怪我したので、しばらくうちに居させてもらおうとしていたのかもしれません。あるいは、怪我で外に出ることを恐がっていたのでしょうか。

 我が家からAさん宅に行くにも、〈マグちゃん〉と呼ばれている家に行くにも、交通量の多い道路を渡らなければなりません。その道路を通る度に〈キー坊〉を思い出して、上手く渡れているだろうかと心配していたのです。その道路で怪我をしたのかどうかはわかりませんが、思い浮かぶのはそれしかありません。野良にとって怪我はかなりのダメージがあります。〈キー坊〉は体が大きいので、他の猫と鉢合わせしても負けないと思っていましたが、怪我をすると他の猫を警戒しながらビクビクして生きることになります。そのストレスは大変なものだと思います。野良として生きて行く自信をなくしてしまう前に、早く怪我が治って欲しいものです。

 家猫として〈キー坊〉にいてもらいたい気持ちもあるのですが、我が家に〈ねず美〉と〈タバサ〉がいる限り、他の猫を飼うのは難しいのです。

 もうだいぶ前のことになりますが、家の庭に〈顔デカ〉と〈黒ほっか〉というオスの野良猫が毎日のように来ていました。〈顔デカ〉はキジ柄と白のハチワレで、首輪をしていました。その首輪が時々替わっていたので、飼い主がいたようです。オス猫の場合、飼い猫でもメスを求めて放浪の旅に出るようで、我が家に来るのは〈ねず美〉をナンパするのが目的だったと思います。

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