哲学者アンリ・ベルクソンが「時間」という言葉を拒否した理由とは? 本来の「時間」の概念…

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画像は「Getty Images」より

 時間という言葉を使わず時間の本性に迫ろうとした哲学者について知的情報サイト「Big Think」(10月8日付)が紹介している。

 20世紀フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは、ポーランド系ユダヤ人の父とイギリス人の母との間に1859年にパリに生まれた。誕生後数年は、家族とイギリス・ロンドンで生活を送り、英語に習熟した。9歳の頃フランスに戻り、パリ高等師範学校に入学。当時支配的だった新カント派の教授陣に反発し、イギリスの哲学者ハーバート・スペンサーの著作に親しみ、実証主義、社会進化論、心理学への理解を深めた。リセ(フランスの後期中等教育機関)の教師を務めながら1888年にソルボンヌ大学に学位論文「意識に直接与えられたものについての試論」を提出し、翌年、文学博士号を授与される。その後も後世の哲学者に多大な影響を及ぼす哲学的著作を発表し続け、1927年にはノーベル文学賞を受賞した。

 ベルクソンの影響力は極めて大きく、また大衆的な人気もあったが、彼の哲学は決してとっつきやすいものではない。その理由は彼が独創的な仕方で自らの哲学を自らの言葉で語ったことや、彼が扱うテーマそのものの難解さに起因するが、学位論文である「意識に直接与えられたものについての試論」もまた、読む者の思考を揺さぶる挑戦的な内容になっている。

 私たちは、時間を独立した単位の繋がりとして捉える傾向があるが、ベルクソンは、それを大きな誤解だとし、時間が本来分割できないことを強調するため “持続”という言葉で時間を表現した。

 時間を分割する最たるものは時計である。秒針のカチカチという音とともに、生が小さな断片に分割され、現実がバラバラの瞬間の連続、つまりきれいに分割された「現在」の連続であるかのように感じられる。しかし時計は時間を時間そのものに即して表現してはいない。なぜなら時計を含むあらゆる時間の単位は、すべて空間と運動を含んでいるからだ。

アンリ・ベルクソン。画像は「Wikipedia」より

 1日が地球を1周する時間だとすれば、1時間、1分、1秒はそれから分割された単位だ。たとえば、私たちは地球1周の3分の1の時間を眠り、太陽の周りを1周すると誕生日を迎える。しかし、これは意識に与えられた経験である時間そのものとは全く異なるものだ。私たちは粘土でできたストップモーション・アニメではないのである。

 ベルクソンは、持続と分割された時間の違いを、音楽の聴き方に例えて説明した。物理学者の視点から見ると、私たちは拍子ごとに移り変わる個々の音符をA→E→C→Eのように個別に注目することができる。しかし、主観的な意識としては、メロディーはそのような分割された音符としてではなく、流れる融合した音楽として聞こえる。音楽の経験は決して分割できない持続する意識の経験と言えるだろう。時間も同じように、私たちは特定の分割された時間を繰り返し経験するわけではなく、一連の持続として経験する。

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