精神病院入院記 「元妻への病的なまでの愛情に苦しむ中年男性」の思い出
2022.09.24 07:00
■深夜のナースステーションにやって来た若い男
夜の11時になると病棟全体が消灯となり、部屋の灯りも消える。だが、眠れない患者たちは私を含めて病棟内を静かに歩いたり、椅子に座って読書したり、何をするでもなく暇を持て余したりしていた。そうした中、ナースステーションの蛍光灯だけがネオンライトのようにこうこうと光り輝き、その光に包まれた看護士たちは、まるで患者を癒す光かのように見えた。ある日、私は集魚灯に集まる小魚のように、なんとなくナースステーションの前にいたのだが、そこにまだ若い大柄の男性がやって来てしばらくしてこう呟いた。
「おれは誰にも迷惑をかけずに生きてきた。それなのに、なんで今はこんなところにいるんだ? どうして? もう生きていけねぇよ……」。彼の本心はわからない。しかし、横でその言葉を聞いていた私は、「私も気づかないうちにたくさんの人に迷惑をかけていた」のだと、なぜか痛感させられた。
それからしばらく経ち、病院の外へ出られるようになった。そこで見たのが、病院の前に停まった宅配便の車だ。そこで配達員が患者に荷物を渡していた。いったい何が行われているのか、その時はまったく分からなかったが、のちに吾妻ひでお氏の『アル中病棟』イースト・プレス)を読んでわかった。帰る家がない患者の荷物の配達先は病院になっているというわけだ。驚いたことに、こうした家を持たない患者は日本全国に7万人ほどいるといわれている。
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