寄生虫に操られたオオカミは46倍リーダーになりやすい! マインドコントロールで決断力アップ(最新研究)

 群れを率いる勇敢で優れたリーダーになるオオカミは普通の個体と何が違うのか。なんとその秘密は“寄生虫”にあった――。

寄生虫に感染したオオカミは群れのリーダーになりやすい

 人心を操作するマインドコントロール技術は存在するのか? マインドコントロールと洗脳について、少なくとも冷戦時代の米ソ両国で真剣に研究されていたことがわかっているし、その一方で広告の分野での「サブリミナル広告」や行動経済学の「ナッジ理論」なども登場し、広い意味での“人心操作技術”は今でも鋭意研究が進められている。

 そして最近になってこの分野に意外な“伏兵”が登場している。なんと寄生虫が野生のオオカミの思考と行動に影響を及ぼしているというのである。

 米モンタナ大学とイエローストーン資源センター(YCR)の研究チームが2022年11月に「Communications Biology」で発表した研究では、単細胞寄生虫であるトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)に感染したイエローストーン国立公園内のオオカミは、感染していないオオカミよりも群れのリーダーシップを引き継ぐ可能性が46倍以上高くなることを報告している。トキソプラズマに感染するとより危険を冒すリスクテイキングな行動が誘発されるため、大胆かつ勇敢で決断力のあるリーダーになりやすいというのだ。

寄生虫に操られたオオカミは46倍リーダーになりやすい! マインドコントロールで決断力アップ(最新研究)の画像1
「Daily Beast」の記事より

 寄生虫が宿主をいわば“マインドコントロール”していることになるのだが、この現象についてはこれまでにもいくつかの注目を集める研究が発表されている。

 たとえばタイワンアリタケ(Ophiocordyceps unilateralis)という真菌に感染したアリはアゴの筋肉の制御が乗っ取られてしまい、小枝に噛みついたまま再び口が開けなくなり、その場を動けずに死を迎える「ゾンビアリ」のケースがある。動けなくなり死にゆくアリの体内で繁殖した真菌は枝の下にいるアリに胞子をバラ撒き、次の宿主を物色するのだ。

 またロイコクロリディウムという寄生虫に侵されたカタツムリは、鳥に食べられやすいように眼柄(飛び出る目)がウジ虫に見えるように変容するのである。こうして鳥に食べられることで鳥の体内に入り込んで寄生して卵を産み、フンに混ざって地表に落ちた卵が今度はカタツムリに食べられて寄生し“振り出しに戻る”のだ。

 こうした例はすべて宿主を都合よくコントロールする恐るべき寄生虫の「生存戦略」である。

宿主を“マインドコントロール”するトキソプラズマの生存戦略

 そしてトキソプラズマの生存戦略は宿主の“マインドコントロール”にある。

 トキソプラズマはペットのネコなどを介して人間にも寄生する可能性があり、ドーパミンやテストステロンなどのホルモンを増加させることで人間の行動をより大胆でリスクテイキングのできる人格へと“マインドコントロール”していることがこれまでの研究で示されている。一説ではトキソプラズマに感染するとリスクを恐れずに大胆な決断のできる“起業家精神”が獲得できるともいわれていて興味深い。

 トキソプラズマに感染したオオカミもある意味では同じで、人間では“起業家精神”的な特徴が、オオカミでは群れを率いる“リーダー”としてあらわれてくることになる。

 また感染経路も人間に似ている。オオカミはイエローストーン国立公園内に生息するネコ科の大型肉食動物であるクーガー(ピューマ)を介して感染することが今回の研究で突き止められたのである。

 モンタナ大学の生態学研究者であり、論文主筆であるコナー・マイヤー氏によれば、オオカミはクーガーのフンを見つけると食べる習性があるという。フンを食べることでトキソプラズマを体内に取り込み感染してしまうのである。

 共に捕食獣であるオオカミとクーガーはそれぞれ縄張りを持っていて基本的には活動範囲は異なっているのだが一部では重複している地域もある。研究チームが1995年から2020年の間にイエローストーンに生息していた62頭のクーガーと229頭のオオカミから採取した血液サンプルを分析したところ、トキソプラズマ感染したオオカミの割合が最も高かったのは、やはりクーガーの活動範囲との重複が多い地域であった。

寄生虫に操られたオオカミは46倍リーダーになりやすい! マインドコントロールで決断力アップ(最新研究)の画像2
画像は「Nature」より

 人間にしてもオオカミにしても宿主を“マインドコントロール”で大胆にさせてしまうトキソプラズマの生存戦略は、ではどのように機能しているのか。

 たとえばトキソプラズマに感染したネズミもまた大胆な性格になって警戒心が薄れ、皮肉にもその結果としてネコに捕食される確率が高まる。こうしてトキソプラズマはネコに寄生するという目的を達することになるのだ。

 また最近の研究ではトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)に感染した人間は、感染していない者に比べ外見が魅力的で健康そうに見えることが報告されていて、宿主が他者を惹きつけることで感染拡大を狙う生存戦略がとられているのではないかとも考えられている。

 しかしイエローストーン国立公園内のトキソプラズマははたしてクーガーのフンがオオカミに食べられることを見込んでいるのだろうか。それすらも織り込み済であればトキソプラズマの生存戦略は驚くほどに用意周到であることになるが、もしそうではない場合、公園内のオオカミたちに何かネガティブな変化が起り得るのかどうか気になるところだ。

参考:「Daily Beast」、「Nature」ほか

文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター @nakata66shinji

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