アイルランドの巨人「チャールズ・バーン」果たされぬ最期の願い

チャールズ・バーン(中央の人物) 18世紀当時の挿絵 画像は「Wikipedia」より

 現在、医学上最も背が高かった人物として記録されているのはアメリカのロバート・ワドロウの2.72mだ。これ以前・以後に限らず、各地で巨人と呼ばれた人々は多数確認されているが、多くは見世物として宣伝されたことで数値が誇張されているケースも少なくない。少なくとも、極端に背の高い人物というのは見世物という文化と強く関係していたことは確かだ。

「アイルランドの巨人」と呼ばれた、チャールズ・バーンという人物がいる。本名をチャールズ・オブライエンという彼は、1783年に22歳という若さでこの世を去り、生存が記録されている巨人の多くがそうであるように下垂体性巨人症であったという。

 1761年にアイルランド南部で生まれたバーンは、諸説あるものの8フィートすなわち2.43mを超えるほどの身長を誇っていたとされている。彼はこの身長を生かしてイギリスに渡ってスコットランドやイングランドで祭りなどへ出演し、1782年にはロンドンにて見世物小屋に入り爆発的な人気を博したという。

 だが、名誉や富を一夜で築いたのも束の間、人々の関心が他へ移ると同時に彼の人気はすぐに無くなり、また得られた財産が投資の失敗によって失われるなど、まさに転落の一途を辿った。こうしたストレスから過度の飲酒に溺れた彼は、ついに22歳というあまりにも短い人生の幕を閉じた。奇しくも、冒頭に登場した史上最も背が高かったワドロウと同じ年齢での死去である。

 バーンは正式な遺言を何も残していなかったが、友人たちに対して「自分の遺体は鉛の棺に入れて海に沈めて欲しい」と依頼していたという。これは、死後に彼の身体が解剖学者たちの「おもちゃ」になることを恐れたことにあると言われており、ついにバーンの棺は海へ投げ込まれることとなった。ところが、実はこの棺の中は空っぽだったのである。

 バーンの遺体は、外科医・解剖学者であったジョン・ハンターによって、賄賂を受け取っていた葬儀屋から買い取られた。ハンターは「実験医学の父」「近代外科学の開祖」と呼ばれ称えられる人物である一方、動物や人間の標本およそ1万4000点を収集するコレクターでもあり、そのために死体調達や動物標本の非合法的調達をもしていた黒い一面も持っていたという。ハンターは、バーンの遺体の存在を外部に知られることが無いよう、切り刻んでボイルにして骨格のみを残した標本にしたという(因みに、この骨格標本によりバーンの正確な身長は231cmほどであると言われている)。

 1799年、ロンドンのイングランド王立外科医師会にハンター博物館が設立され、ハンターのコレクションである標本が数多く展示される中で、バーンの骨格標本も目玉展示として人気となった。こうして、バーンの標本は200年以上に渡って人気の展示物として君臨していたのである。

ジョシュア・レノルズ作成のジョン・ハンターの肖像画。ハンターの右後方に描かれているのがバーンの骨格の下肢である。 画像は「Wikipedia」より

 だが、2011年12月になり英医学誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」の中で、バーンの望み通り海で水葬すべきであるという専門家らの提唱が論文によって記されるようになった。ロンドン大学クイーンメアリー校のレン・ドイアル名誉教授らが発表した論文では、バーンの骨格標本が巨人症の研究に役立ったことは確かであると認めた上で、すでにDNAも採取されており今後の研究はそれで充分であり、博物館にはレプリカの標本を展示し故人の遺志を叶えようではないかと唱えたのだ

 こうした声もあり、2023年1月にはバーンの骨格標本の公開展示を中止するという発表が博物館からなされた。ハンターコレクション管理委員会は、「真っ当な医学研究のために引き続き利用できる」と述べていることから、海へ骨を沈めることの実現には現在もなお至ってはいない。しかし、バーンの遠縁であり自身も先端巨人症で206cmの長身である北アイルランド在住のブレンダン・ホランドは、博物館の判断は正しいと考えているとの意向だという。

 バーンの骨格展示中止の発表は、解剖学的展示と倫理問題に対する議論の大きな節目となる出来事であったと言われている。貴重な存在であったことは確かであるものの、故人の願いがどこまで尊重され、残った今を生きる我々がそれをどのように捉え扱うかは、まだまだ課題を多く含んでいる。

【参考記事・文献】
18世紀の伝説的な「アイルランドの巨人」、骨格標本のDNAから巨人症の原因遺伝子変異を特定
https://gigazine.net/news/20110221_irish_giant_gene/
「アイルランドの巨人」に安らかな眠りを、英医学者が主張
https://www.afpbb.com/articles/-/2847313
「アイルランドの巨人」の遺言、2世紀越しの実現 博物館が骨格展示中止
https://forbesjapan.com/articles/detail/61336

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文=黒蠍けいすけ(ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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