人が消える部屋…不動産執行人が遭遇した“超ミステリー物件”とは
※当記事は2019年の記事を再編集して掲載しています。
――DV・自殺・暴力団・宗教・統合失調症…事故物件よりも鬱になる「暗黒物件」の闇を“不動産執行人”ニポポが語り尽くす!
◆突然10人が消えた船
最も有名な幽霊船話の一つ。
1872年11月7日、工業用アルコールを運ぶため、アメリカ・ニューヨークの港からイタリア王国のジェノヴァに向けて船員とその家族10名を乗せ出港するのだが、そのまま消息を絶ち、同年12月4日カナダ船籍の船により無人のまま漂流しているところをポルトガル沖で発見されたメアリー・セレスト号。
遭難信号は出されておらず、残された航海日誌にもトラブルや事故の記録は確認されなかった。
ただ忽然と乗員10名全員が消えていたという。
有名なエピソードとして発見時に乗員が直前まで生活していた痕跡があるとして、以下のような内容が語られている。
「食卓には食べかけの食事、温かいコーヒーが残されていた」
「火にかけられたままの鍋があった」
「洗面所には髭を剃るなど身支度を整えている最中だった痕跡が」
今となっては、これらが後の脚色であったことも判明しているが、それでもなお「魔の海域バミューダトライアングルに飲み込まれたのでは」「意図せずタイムトンネルを通過してしまったのでは」といった噂が後を絶たない――。
なぜ唐突に「メアリー・セレスト号事件」のエピソードを持ち出したのかといえば、これらを彷彿とさせる差し押さえ・不動産執行の案件があったからだ。
この日の執行は昨今増えつつあるマンション管理費滞納から発生する差し押さえ。
それもかなり長期にわたる滞納で数百万円という金額が未払いとなっていた。
どうやら債務者はマンション内では有名な“変わり者”だったようで、部屋番号を伝えただけで「あぁ! あの人……」と管理室スタッフらが眉間にシワを寄せる。
マンション自体は地方都市ながらも最寄り駅から徒歩5分という駅チカ物件。築年数も20年前後、規模は大きく管理も行き届いている。
条件的には申し分ないマンションの上層階、そんな一室が本日の当該物件。
債務者とは音信不通であるため強制解錠案件となっているのだが、どうも様子がおかしい。
玄関扉前でハンディタイプのモニター映像を眺めながら、鍵師さんが首を傾げているのだ。
このモニターに映し出されているのは、解錠のため外されたドアスコープから室内に送り込まれる内視鏡からの映像。
「電気、つけっぱなしですね」
そのまま解錠も成功し、扉が開くとやはり玄関からの明かりが漏れる。
玄関には人感センサーの取り付けを確認できないため、この家の電気は“長らく”つけっぱなしとなっているようだ。
この“長らく”と推測するに至ったのは、玄関から室内にかけて張り巡らされた蜘蛛の巣。
これらを払い除けながら進まなければ先へ進めない状況が奥まで続いていた。
足元の状況はといえば、いわゆるゴミ屋敷。
足の踏み場もない廊下を蜘蛛の巣に悩まされながら進む。トイレ、風呂場、キッチンといった水回りにしばらく使われた形跡はなく、いずれもゴミが詰め込まれているだけだった。
ところが……、リビングには何やら人の気配があるのだ。
リビング中央部分は獣の寝床が如く一部だけゴミが除けられているのだが、ホコリの積もり具合を見てみると、この部分にのみ他と比べ新しさがある。
さらに、人が座っていた痕跡も確認できた。
そして、誰かが座っていたであろう座面の向かい側、座っていたであろう誰かの視線の先には、昔ながらの14インチブラウン管テレビが置いてあり、その画面には作品名不明の映画が音もなく延々と垂れ流されているのだ。
「どこかに隠れてるんですかね……」
ゴミをかき分けながら、声がけや捜索が行われたが、このリビングの一部以外に人の気配はどこにもなかった。
仮に隠れる場所があったとしても水道は止まっている。水道問題を克服していたとしても、部屋中に張り巡らされた蜘蛛の巣を掻い潜りながらの生活には相当な無理があるだろう。
この捜索からリビングの外れに気になる箇所がもう一つ見つかった。
室内全体はゴミ屋敷化しており、生活用品とゴミが混在する状況にあるのだが、ベランダ近くに設けられた背の高い飾り台の上には、とても一人用とは思えないほど、おびただしい数の向精神薬が宝物のように美しく並べて保管されていたのだ。
最終的にこの一室は向精神薬もそのままに、そして映画も延々と垂れ流されたまま、競売開始手続が進められることとなった――。
当該物件の落札者がブローカーではなく個人であった場合、この光景に一体何を思うだろうか。
「メアリー・セレスト号事件」
この最も有名な幽霊船話が、脳裏をよぎることになるのではないだろうか。
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