自国民を標的にした「生物・化学兵器実験」の恐怖 ― “見えない霧”の正体

冷戦の狂気が渦巻いていた1950年代から60年代にかけて、アメリカの都市では、市民に全く知らされることなく、恐るべき秘密実験が繰り返されていた。ソ連による生物・化学兵器攻撃を想定したこれらの実験で、米軍は自国民をモルモットのように扱い、模擬兵器を都市部に散布。その標的の多くは、低所得者層やマイノリティが暮らす地域であった。
近年になって機密解除された文書によって、そのおぞましい全貌が明らかになりつつある。ここでは、その中でも特に悪名高い3つの実験、「オペレーション・シースプレー(Operation Sea-Spray)」「セントルイスの霧」「オペレーションLAC」について、その驚くべき手口と闇に葬られた健康被害の実態に迫る。
1. オペレーション・シースプレー(1950年):サンフランシスコを襲った“細菌の霧”
冷戦初期、米軍は敵国による生物兵器攻撃の脅威を深刻に受け止めていた。港湾都市であるサンフランシスコは、海上からの攻撃シミュレーションに最適な場所として選ばれた。
1950年9月、米海軍は6日間にわたり、ゴールデンゲートブリッジ沖の海上から、2種類の細菌を霧状にして市内に向かって噴霧した。使用されたのは「セラチア・マルセッセンス菌」と「バチルス・グロビギイ菌」。これらは当時「無害」とされていたが、その追跡のしやすさから、生物兵器の拡散シミュレーションに利用されたのだ。

風に乗った“細菌の霧”はサンフランシスコ市内に広がり、約80万人の住民が知らず知らずのうちに細菌を吸い込んだと推定されている。
実験直後、スタンフォード大学病院で11人が重度の尿路感染症を発症し、うち1人が死亡。当時、セラチア菌による感染症は極めて稀であった。その後、サンフランシスコでは肺炎患者が急増したが、軍の実験との直接的な因果関係は、長らく証明されることはなかった。この恐るべき実験の事実は、1977年の上院公聴会で初めて公にされたのである。
2. セントルイスの霧(1950〜60年代):低所得者層を狙った“有毒な霧”
1950年代、ミズーリ州セントルイスは、人口密度や地形がソ連の都市に似ているという理由で、次の実験場に選ばれた。特に標的とされたのが、主にアフリカ系アメリカ人の低所得者層が暮らすプルーイット・アイゴー公営住宅であった。

1953年から複数回にわたり、陸軍化学部隊は、この公営住宅の屋上や周辺の学校、さらには移動するステーションワゴンから、電動ブロワーを使って「亜鉛・カドミウム・硫化物(ZnCdS)」の粒子を霧状にして散布した。この物質は蛍光性を持つため、拡散状況を追跡するのに適していた。
住民たちは、時折街に立ち込める奇妙な「霧」と化学的な異臭に気づいていたが、それが軍の実験であることなど知る由もなかった。後に研究者リサ・マーティノ=テイラー氏が機密解除文書を分析した結果、この霧には放射性物質が混ぜられていた可能性も指摘されている。
主成分のカドミウムは、現在では強力な発がん性物質として知られている。当時、この地域ではがんや不妊、呼吸器疾患に苦しむ住民が急増した。軍は放射性物質の使用を否定しているが、住民たちは今も健康被害への補償を求め続けている。
3. オペレーションLAC(1957-58年):アメリカ全土を覆った“見えない粉塵”
1957年、米軍はさらに大規模な実験「オペレーションLAC」を実施した。その範囲は、ロッキー山脈から大西洋、カナダからメキシコ湾に至る、まさにアメリカ大陸の広範囲に及んだ。
米空軍の輸送機C-119「フライング・ボックスカー」は、高高度からトン単位の「亜鉛・カドミウム・硫化物」を散布。風に乗った粒子は、最大で1200マイル(約1900km)も拡散したという。セントルイスを含む33の都市や町では、地上からの追加散布も行われた。

軍は、市民が吸い込む粒子の量は都市部の汚染レベルと同等であり「安全」だと主張したが、繰り返し暴露することによる長期的な健康リスクについては、全く考慮されていなかった。
冷戦の狂気が残した深い傷跡
これらの実験は、氷山の一角に過ぎない。1949年には国防総省(ペンタゴン)の換気システムに、1966年にはニューヨークの地下鉄に細菌が散布されるなど、米国内では200回以上の同様の実験が行われたことが明らかになっている。
冷戦という大義名分のもと、国家が自国民の安全と人権をないがしろにしたこの暗い歴史。その傷跡は、今も被害に苦しむ人々の心と体に深く刻み込まれている。政府の完全な情報公開と、被害者への誠実な対応が、今もなお強く求められている。
参考
Wikipedia – Operation LAC
PBS – Secret Testing in the United States
Wikipedia – Operation Sea-Spray
ほか
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2024.10.02 20:00心霊自国民を標的にした「生物・化学兵器実験」の恐怖 ― “見えない霧”の正体のページです。人体実験、生物兵器、冷戦、化学兵器などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで