なぜルネサンス期の女性は“おでこが広い”のか? ― その裏に隠された、美を求めて“猛毒”を顔に塗りたくった女性たちの悲劇

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メアリー1世 アントニス・モル[2], パブリック・ドメイン, リンクによる

 ルネサンス期の肖像画を見て、こう思ったことはないだろうか。「なぜ、この時代の女性たちは、おでこが広いの?」。その答えは、当時の奇妙な美意識と、美のためなら命さえも厭わない、女性たちの恐るべき習慣の中に隠されていた。

 彼女たちが熱狂したのは、肌を死人のように白く見せ、髪の生え際を後退させる、ある“魔法の化粧品”。しかし、その主成分は、人体に致命的なダメージを与える、猛毒の「鉛」だったのだ。

“若さと階級”の象徴―猛毒の白粉「ヴェネチアン・セルーズ」

 ルネサンス期、女性たちの間で理想とされたのは、「白く、穏やかな」肌だった。それは若々しさと高い社会的地位の象徴であり、イタリアの詩人アニョロ・フィレンツォーラの著作などによって、その美意識はヨーロッパ中に広まった。

 この理想の肌を手に入れるため、貴族の女性たちがこぞって顔に塗りたくったのが、「ヴェネチアン・セルーズ」と呼ばれる白粉(おしろい)だ。最高の品質のものがヴェネチアから来たことから、その名が付けられたこの化粧品は、シミやそばかすを完璧に隠す、現代のコンシーラーのような役割を果たした。

 しかし、その主成分は、白鉛鉱(セルサイト)という鉱物に含まれる「白鉛」。猛毒であることが知られる鉛を、酢と混ぜて顔中に塗りたくるという、現代から見れば正気の沙汰とは思えない美容法が、当時の最先端ファッションだったのだ。

脱毛、歯の喪失、そして死―鉛中毒の恐怖

 鉛は、いかなる量であっても人体に危険な神経毒だ。鉛中毒の症状は多岐にわたるが、ヴェネチアン・セルーズの使用によって引き起こされた、最も目に見える副作用の一つが、「脱毛」だった。

 そう、ルネサンス絵画に見られるあの広すぎるおでこは、生まれつきのものでも、意図的に広くしたものでもない。猛毒の白粉を塗り続けた結果、髪の生え際が後退してしまった、鉛中毒の痛々しい症状だったのである。

 鉛中毒の症状は、それだけにとどまらない。吐き気、倦怠感、そして認知機能の低下。長年にわたって顔に毒を塗り続ければ、その代償は計り知れない。

エリザベス1世も犠牲者か?

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画像は「Wikipedia」より

 この恐るべき流行の犠牲者になったとされる、最も有名な人物の一人が、イギリス(イングランド)女王エリザベス1世だ。彼女の肖像画もまた、不自然なほど白い肌と、後退した生え際を特徴としている。

 彼女は、かつて患った天然痘の痕を隠すために、この白粉を愛用していたと噂されている。晩年、彼女は歯のほとんどを失っていたが、これもまた鉛中毒の典型的な症状の一つだ。

 彼女の正確な死因は今も不明だが、一部では、有毒な化粧品への長期的な曝露が原因の「血液中毒」だったのではないかと示唆されている。皮肉なことに、ヴェネチアン・セルーズが公式に「毒物」として分類されたのは、彼女の死から31年も後のことだった。

 美しさを求める人間の探究心は、時に自らを破滅へと導く。ルネサンス期の女性たちが熱狂した“白い肌”は、その命と引き換えに手に入れた、儚くも恐ろしい美の象徴だったのかもしれない。

参考:IFLScience、ほか

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文=青山蒼

1987年生まれ。メーカー勤務の会社員の傍らライターとしても稼働。都市伝説マニア。趣味は読書、ランニング、クラフトビール巡り。お気に入りの都市伝説は「古代宇宙飛行士説」

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